若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-
スタートライン京都大学大学院薬学研究科
加藤 洋平
研究者としてのスタートラインはどの時点を指すのでしょうか?研究室に入ったとき、博士号を取ったとき、それとも独立して研究室を立ち上げたときでしょうか?いろいろな考え方があると思いますが、私は、研究者のスタートラインは「失敗、挫折を繰り返して、もうこれ以上自分の能力はない、行き詰まって動きがとれない」と立ち止まったとき、だと考えています。
この定義は、「研究者」という本の中で松本元先生が語っていたものです。私が学部生だったころ、何かの講義で「脳のようなコンピュータを作るために、ヤリイカの飼育方法を確立した物理学者がいる」という話を聞いて、どんな研究者なのだろうと思い、この本を読んだ覚えがあります。最近、その本を読み返してみたのですが、「3年半かかって初めてイカの飼育に成功した日は嬉しくて泣いた」とか「その晩はイカが泳いでいる水槽の横で寝た」という気持ちが、今なら痛いほどよくわかります。
私の場合、ようやくスタートラインに立てたのは2013年ごろのことでした。それまで数年行っていたメンブレントラフィックの研究に行き詰まって投げ出し、仕方なく始めた一次繊毛の研究でもすぐに壁にぶつかってしまいました。酵母ツーハイブリッド法でスクリーニングをしても何も取れないし、大腸菌ではタンパク質が全く可溶化しないので実験にすらなりませんでした。自分一人の研究ならまだしも、卒研生や大学院生と一緒に行っていた研究なので、何ひとつうまくいかないのは自分の不甲斐なさのせいだと責任を感じ、自分はもう研究をやめた方がいいのではないか、と思いつめていました。そんな状態でしたから、助教の任期を更新しないと教授から言われても不思議ではなかったと思います。しかし中山教授からは、ここが正念場だと何度も叱咤激励されました。もちろん、一夜にして事態が好転することはなかったわけですが、NanobodyやCRISPR/Cas9といった新しいツールを使った実験手法の開発に取り組み、悪戦苦闘しているうちに徐々に結果が出るようになり、ふと気が付いたときにはスタートラインを通り過ぎていました。
一人前の研究者になるには、壁にぶつかってもがき、それを乗り越える経験が必要なのだと思います。それは研究者に限ったことではなく、他の職業でも同じかもしれません。ですから、今、壁にぶつかって苦しんでいる人がいたら、そこがスタートラインだと考えて、諦めずに頑張ってもらいたいです。一方で、周りの人ができることは待つことだと思います。いつか壁を乗り越えると信じてくれた中山教授には心から感謝しています。私も同じように人の成長を待つことのできる人間になりたいと思っています。
参考文献 有馬朗人 監修 (2000)『研究者』 東京図書
加藤 洋平氏 略歴
2002年 筑波大学 第二学群 生物学類 卒業
2004年 筑波大学大学院 生命環境科学研究科 修了
2007年 京都大学大学院 薬学研究科 博士後期課程 修了 博士(薬学)
2007-2009年 McGill大学 Montreal Neurological Institute 博士研究員
2009年より現職 京都大学大学院 薬学研究科 助教