若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-
日本生化学会奨励賞を受賞して―これまでの研究生活を振り返って思うこと―神戸大学大学院医学研究科
生理学・細胞生物学講座 膜動態学分野
匂坂 敏朗
この度は日本生化学会奨励賞を授与頂きまして身に余る光栄であるとともに大変身の引き締まる思いです。選考委員の先生方をはじめ、日本生化学会の関係各位に厚く御礼申し上げます。今回の受賞対象は、高井義美先生の研究室(高井研)に入室してから現在に至るまで一貫して取り組んできた小胞輸送制御タンパク質トモシンに関する研究です。
トモシンとの出会いは、高井研に入室した平成9年2月から始まります。その頃の高井研では、ほとんど全ての大学院生がHPLCやFPLCを使って、タンパク質の精製をしておりました。その当時使用していたフラクションコレクターがたまに誤作動を起こして貴重なサンプルを失うことが起こるので、フラクションコレクター前に座って、チャート用紙にフラクションナンバーをつけながら待機しておりました。ここから、トイレに行くのも気が気でない研究が始まりました。先輩からも精製中にトイレに行くとうんが落ちるから行くなよとよく言われておりました。本当にトイレとの関わりが深い研究室でした。
さて、本題ですが、この研究で一番苦労したのは、トモシンのリコンビナントタンパク質が可溶化されないことでした。様々な可溶化剤を用いましたが、ほとんど不溶性画分にいってしまいました。このままでは結合実験などの生化学実験ができないままに終わるのではないかという状況でした。その状況をセミナーで報告した時に、高井先生が「アホやな、お前は。オーバーレイ(ニトロセルロース膜にタンパク質を移してその膜上で結合を見る実験)でやったらええやんか。」と言われました。そのとおり、どんなに浮かないタンパク質でもSDSでは可溶化され、またSDS-PAGEにより分離できます。そこから、実験が動き出しました。感謝、感謝でした。また、このトモシンの細胞内局在を調べるため、ラット大脳を使ってsubcellular fractionation(シナプス小胞やシナプス膜を分画する実験)をしました。「Recovery(回収効率)はいくらや?」と聞かれ、「30%です。」と答えると、「それではfractionationになっていない。どこかでロスしているはずや。チューブの壁についたのもしっかり回収するんや。」と言われ、繰り返ししているうちに、実験の精度が上がり、80%、そしてついに120%というありえない数字をはじき出すまでになりました。この大学院生の頃は、毎朝、高井先生に実験プロトコルを確認して頂き、2~3時間程discussion(説教を1時間含む)を受け、実験に向かう日々を繰り返していました。また、毎夜、先生が帰る頃に、その日の実験結果であるウエスタンのフィルムを持って廊下を歩いているところをつかまえて頂き(廊下の端に私の姿が見えると大きな声で呼びつけられました)、その場でレーン構成と結果を説明致しました。そして、翌日の朝一まで(その日のうち)に改善したプロトコルを先生の机の上に置くということを繰り返しておりました。このマンツーマン指導というよりもゾーンプレス指導(discussion中、実際、高井先生は1人なのですが、あまりにもするどい指摘が多いため、私には15人くらいに感じておりました)により、私はトレーニングを受けました。こうしたトレーニングを受けることにより、物質やその物質が持つ物性の重要性を理解できるようになりました。そして、物質で勝負することを決心し、生化学を志すようになりました。このように高井先生との出会いが、私の方向性を決めたと感じております。
生化学の研究は、物質をとらえるところから入るため、本当にその物質が生理的に重要なのか、なかなか分かりません。そのため、物質の精製中はつまらないと感じることが多いと思います。ヨガの世界に「座っている10m下に、宝石が埋もれている。」という格言があります。最初から信じない人、1m掘って飽きる人、9m掘って諦める人、それらは皆、何一つ得ることができません。弱い自分を正当化し、何度もやめて楽になろうという誘惑と闘いながら、愚直にも10m穴を掘り続けた人だけが、真実という、宝石を発見し、手にすることができます。生化学の研究テーマは困難なものがほとんどです。困難と思われるテーマを研究する中で、弱い自分と対話し、闘い、信念とあきらめの狭間に揺れながら、荒波を乗り越えていくことによって、物質の奥底に潜む、真の事実、真実を発見することができます。そしてその原動力は、たった一つ、自分を信じることです。だめだと思った時、“おまえなら、きっとできるよ”ともう一人の自分にささやき続けることです。生化学はあと一歩が重要です。限界を感じた時、厳密に言えば、諦めきった時、その時に一歩、前に踏み出せるかどうかです。現在生化学をしている大学院生、これから生化学を始める大学院生には、つまらないと思っても、是非とも最後の最後まで(物質の真実をつかまえるまで)諦めずに頑張って頂きたいと感じております。
最後に、今回の受賞は、高井先生をはじめ、これまでご指導頂いた先生方ならびに一緒に研究を行った数多くの大学院生のお力添えによるものです。この場をお借りして心より御礼申し上げます。また、これまでの経験を生かし、生化学の研究と教育に微力を尽くすつもりです。特に教育においては、高井研で授けていただいた以上のことを大学院生に尽くし、研究の楽しさを伝えて行くつもりです。今後とも、尚一層の日本生化学会の先生方のご指導ご鞭撻を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。