若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-

独自の芸風を磨く東京大学大学院総合文化研究科
佐藤 健

h22_1 大学院生の頃から生体膜に興味を持っていました。生体膜の機能はもちろん興味深いのですが、その機能を調べるために生体膜から部品を取り出し、組み立て直して、生体膜機能の一部を人工膜上に再現する「プロテオリポソームへの再構成」という単純明快な研究手法が気に入っていました。生体膜の持つしくみを単純な形で再現、予想通りに機能するかを検証し、他に未知の部品やしくみがあるかもしれないということを探る方法です。これまでいくつかの生体膜機能を再構成して解析してきましたので、この手法を使って研究を進めていくのは私の「芸風」と言えるかもしれません。その嗜好は今でも変わっておらず、現在は小胞輸送を研究の対象としています。

 私が小胞輸送の研究に足を踏み入れたのは、理化学研究所の中野明彦先生の研究室にスタッフとして在籍することが許されたのがきっかけです。当時、オルガネラ膜から輸送小胞が形成される過程で、低分子量GTPaseが必須であることが既に分かっており、小胞体からゴルジ体へ向かうCOPII小胞の形成過程ではSar1という低分子量GTPaseが機能していることが明らかになっていました。中野先生はこのSar1の発見者であり、そのため中野研究室ではセミインタクト細胞や分画した小胞体膜を用いたCOPII小胞形成の試験管内再構成系がいち早く構築され、精力的に分子メカニズムの研究が進められていました。しかしSar1に限らずどの輸送経路においても、輸送小胞の形成時における低分子量GTPaseの機能については多くのグループによる努力にもかかわらずはっきりとした答えが出ていませんでした。当時解析に使われていた実験系が完全に純化されたものではなかったからです。

 有名なKornberg博士の「酵素研究の10の戒律」のひとつに“Do not waste clean thinking on dirty enzymes”とあります(この引用がここで適切かどうかは分かりませんが)。私は、COPII小胞の形成に必要な因子のみを取り出して試験管内で反応を再現すれば、反応過程におけるGTP加水分解の解析ができると考え、COPII小胞の形成に必要なすべてのコンポーネントを精製して人工膜小胞からCOPII小胞を形成させる実験系の構築を行うことにしました。再構成という手法自体は別段珍しいものではないのですが、実はあまり人が手をつけない手法という意味ではこれは無謀な挑戦だったのかもしれません。しかし、私はタンパク質科学を得意とする東工大資源研の吉田賢右先生の研究室で学位を取得した後、Kornberg博士のお弟子さんであるBill Wickner先生(米国ダートマス大)の研究室に留学して、やはり生化学的手法を中心に研究を行っていましたので、精製因子を用いて実験を行うことが染みついていたことと、膜と聞けば条件反射的に再構成したくなる性分から、私にとってこの流れはごく自然なものでした。

 実験系に必要な因子には膜タンパク質や精製がやっかいなタンパク質も含まれ、それらをすべて一人で揃えるのは大変な作業でしたが、なんとか解析に使える実験系を調えることができました。その結果、Sar1はGTP加水分解による活性化と不活性化を繰り返すことによって、不適切な積み荷を輸送小胞から排除する「校正能」を発揮するとともに、積み荷タンパク質の濃縮も同時に行っているということが明らかになりました。その後、この制御メカニズムは他の小胞輸送経路で機能する低分子量GTPaseについても共通している可能性が示唆されるようになっています。この研究は、私の「芸風」を生かせたとても気に入っているものです。

 これまでの研究によって、必要最小限のシステムで働く輸送小胞の形成反応については随分と分かってきました。しかし、細胞内に組み込まれたこのシステムの仕組みは、それほど単純ではないということも同時に分かってきました。今後は、新たな二歩目を踏み出すとともに、自分で運営するようになった研究室のメンバーそれぞれが自分の「芸風」を磨いて発信していけるようサポートしていくことも同時に行っていきたいと思っています。最後に、自分の興味のままに研究が行える環境を与えて下さいました中野明彦先生には、心から感謝申し上げます。