若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-

点と点をつなぐ東京医科歯科大学統合研究機構
加藤 一希

 若い研究者に贈る言葉ということで、キャリアの話をしようと思います。ご存知の方もいるように、タイトルの「点と点をつなぐ (Connecting the dots)」は、Apple創設者のスティーブ・ジョブズの言葉から借りてきました。

 私は学生時代、東京大学 濡木理教授のもとでX線結晶構造解析をもちいたタンパク質の立体構造の研究をおこなってきました。卒業後は薬を創りたいという思いのもと、製薬会社に研究員として入社しました。博士号の専門性を活かして、タンパク質の構造解析をやるのだろうと思っていたのですが、社内で与えられたテーマは抗体医薬のエンジニアリング研究でした。自分の専門外の研究でしたが、自分のアイディアやデザインで抗体が薬として良くなっていくのが面白く、優秀な同僚や上司にも恵まれたおかげで、最終的に抗体医薬を創ることができました。実際に患者に投与される薬を創ることができたというのは貴重な経験です。その後退社し、世界トップレベルの環境で研究したいと考え、アメリカのHarvard Medical SchoolのSun Hur研究室に留学しました。これまでの自分の専門とは研究分野を変えて、兼ねてから興味のあった抗ウイルス免疫応答の研究をおこないました。留学当時は英語もろくに喋れず、今思えばかなりチャレンジングなキャリア選択だったと感じます。アメリカでの研究がひと段落した頃に、学生時代の恩師であった西増弘志教授が東京大学で独立ラボを立ち上げることになり、帰国してCRISPR-Cas酵素の構造機能研究をおこないました。またもや研究分野を変えることになったわけですが、ここまで来ると自分の研究キャリアで培ってきた様々な専門性を駆使することで、複数のCRISPR-Casタンパク質のクライオ電子顕微鏡構造を決定することに成功しました。最終的にはプロテアーゼ活性を示すCas酵素の発見に繋がり、CellやScience誌といった著名な雑誌に論文を出版することができました。このように私は自分がその時々にやりたいことを追求していったところ、結果として様々な研究環境での経験や異なる分野での専門性を “The dots”として獲得することができました。どのような“The dots”を持っているかが研究者としてのアイデンティティとなり、“The dots”の組み合わせ方によってオリジナリティのある面白い研究テーマにつながっていくのだと思います。例えば私のように、創薬研究の経験があり、構造生物学、抗体、そして自然免疫の専門性を身につけた研究者はなかなかいないのではないのでしょうか。幸運にも2023年に東京医科歯科大学から独立PIポジションのオファーをいただくことになり、新しく研究室を立ち上げることになりました。自分の “The dots” を組み合わせて、自分にしかできないオリジナルな研究を展開していこうと、今からワクワクしています。

 では学生や若手研究者に向けてどのようにキャリア選択をするべきか?ということですが、その時に自分がやりたいことをやる、ということに尽きると思います。私の学生時代の恩師である東京大学 濡木理教授から頂いた「たった一度の人生、やりたいことを貫こう」という言葉は当時とても印象に残っていて、今でも私のキャリア選択における判断基準になっています。指導している学生のキャリア相談に乗ることもあるのですが、博士課程への進学を迷う学生から、「博士号」が研究キャリアでどのように役に立つのか?という質問を受けます。博士号も1つの“The dots”とみなすことができますが、学生のうちから博士号が今後の人生でどのように役立つのかあらかじめ予見することは難しいです。ただ私の人生を振り返ってみると博士号が役に立った瞬間は多々ありましたし、やはり博士号をとっておいて良かったと感じます。“The dots”がどのように役に立つのか予見するのが難しいと、時に自分の今やっていることや立ち位置に迷うこともあるかと思います。ジョブズの言葉を借りれば、そこで得た”The dots”がいつか自分の人生の中でつながる瞬間があると信じることで、今やりたいことを追求する自信になります。さらに私の方から付け加えるならば、キャリアを選ぶ際に友人、指導教員や親など周りの意見に従うのではなく、最終的には自分の判断で進路を決めることが重要です。というのも自分の判断で決めるとその判断には責任が伴いますし、辛い時やいざという時に底力を発揮して踏ん張れるものです。

 もう一つ伝えたいこととして、大学院生の皆様はいずれ社会人としてのキャリアを選択する時が訪れます。これまでの自分の研究キャリアを振り返ると、自分が思い切り満足いくまで研究ができたのは大学院生、そして海外ポスドクの間だけだったように思います。企業研究員や大学教員ともなると会議や研究以外の雑務などもやらなくてはならないので、実験する時間を見つけること自体が難しくなってきます。ですので大学院生の皆様には是非、学生の間に思う存分実験をして(もちろん研究を楽しんで)、専門性、経験やスキルのような “The dots” を手に入れていただけたらと思います。その後のキャリアの中で様々な“The dots”を手に入れ、ふと振り返ってみるとそれらの点があとからつながり、何か大きなことを成し遂げた瞬間は快感です。

 

加藤 一希 氏 略歴
2010年 東京工業大学 生命理工学部 生命工学科 卒業
2015年 東京大学大学院 理学系研究科 生物化学専攻 理学博士取得
2015年 中外製薬株式会社 研究本部 バイオ医薬研究部 研究員
2018年 Boston Children’s Hospital / Harvard Medical Schoolリサーチフェロー
2021年 東京大学 先端科学技術研究センター 特任助教、特任講師、講師を経て
2023年より 東京医科歯科大学 統合研究機構 テニュアトラック准教授