日本生化学会会員のみなさん、
今回と次回とで、私たちが研究成果を公表する主要な場である学術雑誌(ジャーナル)のありようについて考えたいと思います。
生命科学の分野では、ほぼすべてのジャーナルが電子化されて久しく、冊子体の発行をやめて電子版のみになったものも多く見られます。生化学系ジャーナルの老舗Journal of Biological Chemistryの冊子体もなくなりました。“電子ジャーナル”は迅速かつ効率的な検索を可能とし、自分が望む内容の論文を瞬く間に探し出すことができるのはもちろん、自分の研究分野に近い論文の出版を電子メールで知らせてくれるサービスもあります(Science 343:14)。論文をチェックする方法はこの20年ほどの間に、「雑誌をぱらぱらめくる」から「PCで最新号の目次を見る」→「最新号をキーワード検索する」となり、さらに「“論文見つかりアラート”がスマートフォンの端末に届く」のように変化しました。もはや“少し離れた領域の論文を読んでアイデアがひらめく”ことは望むべくもありません。論文の発表と閲覧の電子化は、さまざまな手間や時間・費用を軽減する効果を与えたものの、マイナス面も生み出していることを頭におく必要があるかもしれません。
ジャーナル購読の形態にも大きな変化が起こりました。個別に発行されていたジャーナルを大手の出版社が傘下に収める動きが広まり、多種類・多数のジャーナルを持つ“メガ出版社”が誕生しました。ElsevierやSpringerがその代表であり、私たちのJournal of Biochemistryも現在はOxford University Pressが刊行するジャーナルのひとつになっています。メガ出版社は“パッケージ商品”を販売します。これは、複数のジャーナルをグループ化して一括販売する仕組みで、そこに含まれるジャーナルの個別購読料の総額よりも低いパッケージ価格が設定されています。パッケージにはあまり利用されないジャーナルも含まれる場合が多いのですが、購読契約したジャーナルの数を競う大学の図書館はこぞってこのパッケージを買い、その結果としてジャーナル購読に充てる費用が大きく膨らみました(私の勤務先では年に数億円がこれに投じられています)。年々増大する購読料に困った大学は図書館が連携する組織などを通じて対策を講じようとしており、広まりつつある大学での研究成果リポジトリー(大学職員が発表した論文の最終原稿などを公開する制度)はその例と言えるでしょう。米国NIHは納税者のために、自身が提供した研究費により得られた成果を記述する論文を無料公開して欲しいと要望していますが、大手の出版社がこれに応じる気配はないようです。
一方で、open-accessジャーナルとよばれる、購読料を支払わなくても論文を読むことができる電子ジャーナルも存在します。2002年に登場したBioMed Central(BMC)は、幅広い学問領域をカバーするopen-accessジャーナル群を刊行しています。翌2003年にはPublic Library of ScienceがPLoS Biologyを創刊し、その後に他の学問領域のジャーナルが加わりPLOS Journalsとなりました。2012年には、Randy Schekman氏を編集長としてeLifeが鳴りもの入りで創刊されました。eLifeの前にはProceedings of the National Academy of Sciences of U. S. A.の編集長であったSchekman氏は、2013年にNovel Prize Physiology or Medicineを受賞し、昨年12月にはNature、Science、Cellの3つのジャーナルを取りあげて“私は商業主義にはしるこの3誌にはもう論文原稿を投稿しない”と発言して話題になりました。それでは、なぜopen-accessジャーナルの論文は購読手続きなしに読めるのでしょうか。それは、読者ではなく著者が閲覧に要する代金を負っているからです。著者がジャーナルに支払う費用はかなり高額で、BMCとPLOSでは2,000 USドル前後を要します。さらに、Elsevier傘下のCell Pressが最近に創刊したopen-accessジャーナルCell Reportsの掲載料は5,000 USドルに設定されています。eLifeは米国のHoward Hughes Medical Institute、ドイツのMax Planck Society及び英国のWellcome Trustのスポンサーシップを受けており、掲載料は取らないとされています。全体がopen accessでなくても掲載された論文のいくつかが無料公開になっているジャーナルも増えています。著者は採択された論文をopen accessにするかどうかをジャーナル側からたずねられ、これを選択した場合の費用もおおむね高額です。たとえば、Journal of Biochemistryでの無料公開の費用(Open Access charge)は3,000 USドルです。Open accessが広まれば大学などの研究機関の経済的な負担は軽くなりますが、出版社が懐を痛めるわけではなく、論文を投稿する研究者への負荷が大きくなる仕組みができあがっているのです。
研究費申請の際には論文投稿に要する費用を計上することができます。今のやり方でのopen accessが普及すると、その項目に書き込む数字が大きくなり、研究費のうちの実験に充てられる金額が縮小してしまいます。私は、会員間で意見を交換し、この状態の改善をめざした学会としての働きかけの方向を探りたいと思っています。
次号では、各ジャーナルが掲載する論文の多様化に触れます。
2014年2月
中西義信