若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-
「不思議だな、何故だろう?」と思ったら大阪大学大学院理学研究科
野尻 正樹
この度は、異化的硝酸還元系(嫌気呼吸系の一種)の蛋白質電子伝達反応に関わる一連の研究成果におきまして、日本生化学会奨励賞という大変名誉ある賞を頂戴し、学会関係者各位ならびに諸先生方に厚く御礼申し上げます。また、身の引き締まる思いでいっぱいです。本ページでは、これまでの研究内容というよりは、どんな気持ちで研究を進めてきたかを簡単に述べることで、生化学分野に足を踏み入れたばかりの大学院生の方々に、少しでも参考になれば幸いです。
「構造生物化学」という言葉が、私の現在の専門分野を説明する際に最も適しております。というのも、主としてX線結晶構造解析法を用いた酵素蛋白質の高分解能立体構造解析と、ストップトフロー等を用いた高速反応速度論解析とを二本の柱として、生体内で起こる様々な生化学反応を“化学”的に理解しようとしているからです。このような「構造生物化学」も広い視野で見るとその根底には「生化学」があります。
今から16年前になりますが、修士学生時代に何気なく手に取った一冊の学会誌『生化学』(当時、この世にこんな面白い雑誌があるのかと感動した事を思い出します)に出会い、その後すぐに日本生化学会へと入会させていただいた事が現在の私の研究に繋がっていることは言うまでもありません。
私のバックグラウンドは結晶構造解析や化学等ではなく文字通りの「生化学」を主体とした研究で修士・博士の学位を取得しております。もちろん、当時から結晶構造解析や化学的な解析についての基礎知識や興味はある程度保持しておりましたが、まだ学生であった私にとってはとても敷居(ハードル)の高い2つの研究領域でありました。それが何故、そこに足を踏み入れることができたのか‥今思うとそれは、おそらく私自身の心の中で何物にも勝る「知りたい!」という好奇心と、人一倍のポジティブ思考が、そうさせたのではないかと推測します。具体的には、ある1つの酵素蛋白質において様々な変異体を作成して、酵素活性や基質結合能などの生化学的解析をしているうちに、その変異体も含めた酵素蛋白質の立体構造やそれが基質と相互作用している様子(できれば触媒反応中間状態も)を、どうしても自分の目で見てみたくなった!というのが、正直な気持ちです。そんな私がとった手段は、自ら立体構造解析できるようにスキルアップすることであり、ポスドク時代にX線結晶構造解析へと足を踏み入れることになります。
X線結晶構造解析で立体構造が見えた後、「どういった立体構造が機能へと結びつくのか?」に関して新たな疑問が次々と出て来て、さらにそれを実験ならびに理論的に証明したくなってきます。私の場合は、生体内の何れの反応においても「“分子内の電子の振る舞い”や“溶媒等も含めた多分子運動(動力学)”などの化学的要素が蛋白質固有の立体構造によってどのように影響し合い、各反応ステップに貢献するか?」を知る事が様々な反応機構の本質的理解に繋がると考えるようになり、どうしてもさらに“化学”の知識を取り入れたくなり、もちろん、生化学もX線結晶構造解析も継続しつつ、現在に至っております。
新たな研究領域に進む(自分のスキルに取り入れる)事は大変勇気のいることだと思います。「本当に自分がその道に進む事が正しいのか?」また「本当に自分はその分野で頑張れるのか?結果を残すことが出来るのか?その分野に自分は向いているのか?」など様々な不安が脳裏をよぎることは至極、当然のことのように思います。しかしながら、そういった不安は、その道に進んでみるととても小さなことだったと感じることが多いです。実際には、そんなことよりも「そこで自分に出来る事は何なのか?自分は何をするべきなのか?」を第一に考え行動することがとても重要で、それが異分野に迷い込んだ子羊にならずに、その道を突き進む秘訣(コツ)となります。
学生時代に、「生化学」に出会っていなければ今の私はありません。もっと言えば、当時の生化学的な実験・解析で「不思議だな、何故だろう?」と感じたその瞬間に、私の現在に至るまでのレールは敷かれていたように思います。
それ故、生化学に足を踏み入れたばかりの若い方々には、その実験や解析中に、「面白いなぁ」と感じたその瞬間を是非、忘れずにいてもらいたい。そして、自分の気持ちに素直に行動してもらいたい。「どうして?」「何故だろう?」などの感情が自然に湧き出てきたら、とことんまで調べてみてほしい。何故なら、その知的好奇心が全てのパワーの源となって、この先どんな苦難に遭遇しても必ずや乗り越えられるはずですから。