若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-

雑多でも良いじゃないか理化学研究所 脳科学総合研究センター
斉藤 貴志

h25_3 「分子生物学から先に入った奴は、蛋白質の扱い方が雑だ。でも蛋白質(生化学)から入った奴は、分子生物学の実験も丁寧にやれる。」そう先輩に言われたのが、大学院博士課程の時でした。今にして思うと乗せられた瞬間だったのかもしれません。(注:分子生物学も蛋白質の扱いも両方丁寧な方は沢山いらっしゃいますので上記は事実ではありません。)私の研究の根っこは、熊本大学薬学部の環境で培われて、その修士時代、癌転移に関係するあるプロテアーゼの精製に時間を費やしていました。逆に言うと私にはそれしか出来なかった訳ですが、癌転移と糖鎖の研究がやりたくて博士課程は、大阪大学大学院医学系研究科生化学研究室の門戸を叩き、谷口直之先生のご指導を仰ぎました。生化学とは、生命科学を研究する上ではなくてはならない基礎であり、必要となる分野です。蛋白質しか扱った事のなかった私が、当時冒頭の言葉でどんな分野の研究でも上手くやれるかもしれないと錯覚し、生化学的手法を武器に、難治性疾患の研究をライフワークにしたいという思いが芽生えたのもこの頃だったと思います。

 阪大でもプロテアーゼとは切っても切れない研究テーマを頂き、学位修了後の進路を模索していた時に、現所属のチームリーダーである西道隆臣先生の講演を聴き、「プロテアーゼしか知らない自分でもアルツハイマー病(AD)の、更には脳の研究ができるかもしれない」と、雑多なバックグランドを抱えて、AD研究に参戦することになりました。このように新たな分野へ飛び込み、異分野の要素を持ち込んだ事が、一つのブレイクスルーに繋がった気がしています。

 ADは、多くの病理学的解析と家族性遺伝子変異の発見から、アミロイドβペプチド(Aβ)の蓄積が、発症の原因の一つであると考えられています。Aβには、アミノ酸40個からなるAβ40と更に疎水性アミノ酸が2つ長く、神経毒性が高いAβ42の2種類が知られており、この2つのAβ種についての研究が主流となっていました。しかし近年、アミノ酸の長さが異なるAβ亜種が発見されてきました。そんな折に、Aβ43がこれまでのAβ42やAβ40よりも毒性が高く、AD患者の病理形成に重要な役割を果たしていることを明らかにすることが出来ました。たった一つアミノ酸しか違わないのに!という主観的な視点も、物性としては大きな変化であり科学という視点からは必然の変化であるということを再認識することが出来ました。こういう頭の中だけで想像できないような現象を一つ一つつぶさに見て、難治性疾患を克服するために必要なエビデンスをこれからも積み重ねて行きたいと思っています。そして、細分化された現代科学の中で、自分だけの道を突き詰めると共に、他分野との橋渡しを進めていければと強く思っています。

 末筆になりましたが、日本生化学会奨励賞という大変名誉ある賞を頂き、またそのお陰で、ここに自分を振り返る機会も頂けました。学会関係者並びにこれまでお世話になった多くの先生方にこの場をお借りして厚く御礼申し上げます。この賞の名を汚さぬよう、今後も研究に邁進して行きたいと思います。