若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-
世界で初めて、を目指して東京大学大学院薬学系研究科
岸 雄介
この度は日本生化学会奨励賞という栄誉ある賞をいただき大変光栄です。とはいえ、自分が「生化学者」なのかと言われますと、歴代の受賞者の名前を眺めていて、うーん…と悩んでしまいます。科研費に応募するときの区分はいつも私が所属する研究室名である「分子生物学」を選びますが、研究の対象は「発生学」あるいは「神経発生」です。神経科学会には所属していますが「神経科学」をやっているとは、神経科学者たちの前では言えないです。本稿は若い「生化学者」たちを刺激するような内容を、とのことなので、そんな雑多な背景を持つ自分が考えていることを少し書かせていただきます。
私はもともと工学部出身です。今の後藤研究室に修士学生の時からすでに14年間も所属していますが、その前の学部4年生は有機化学の研究をしていました。そこではサッカーボール型分子C60フラーレンの特殊な修飾の合成法を開発していました。新しい修飾が入ったC60フラーレンを合成できたときの「これを作ったのは世界で自分だけだ!」というのが楽しくて、毎日フラスコに有機溶媒と試薬を入れて温めて精製して…を繰り返していました。
そのときの気持ちは今でもあまり変わらず、世界で初めて自分が作った・発見したということが楽しく研究しています。今回の受賞のきっかけとなった研究も、幹細胞の運命制御を培養細胞ではなく生体内の神経幹細胞で知りたい、そのためにちゃんと生体内から神経幹細胞を採取して生化学実験をしたい、と思って小さな工夫を積み重ねて「世界で初めて」を楽しんできた結果かな、と考えています。
私は研究において小さくてもオリジナルの工夫を重ねることが大事だと思っているのですが、工夫を重ねるために私が心がけていることを2つ挙げさせてもらいます。1つは、学部4年生のときに有機化学の先輩に言われた一言で「実験の原理を理解していないと問題は解決できない」です。実験中は機械が急に不調になったり、特に生化学・分子生物学実験は意味もわからず失敗することがたくさんあります。ただ、それらには必ず理由があるはずで、それを解決するためには機械や実験の原理を理解しておくことが大事です。この考え方はほんの2年間でも工学部にいたことの恩恵に預かっているのかもしれません。
もう1つは「わからないことは知っていそうな人に聞く」です。餅は餅屋ということで、問題があるときに解決策を思いつくのはその道の専門家です。私の文献調べが下手、ということもあるのですが、いろんな人に連絡をとって質問した方が解決は早いです。そして結果的に研究仲間が増えて共同研究に発展することもあります。
最後に、私がこのような賞をいただけたのは、長い間指導してくださっている後藤さんと後藤研メンバーの方々、上記のようにたくさんアドバイスをくれた世界中の研究仲間の皆さん、そしてどんなときも支えてくれる妻と娘たちのおかげです。この場を借りて感謝させていただき、今後の研究に励んでいきます。
岸 雄介 氏 略歴
2005年 東京大学工学部 卒業
2010年 東京大学大学院工学系研究科博士課程 修了
2012年 東京大学分子細胞生物学研究所 学術支援専門職員
2012年 東京大学分子細胞生物学研究所 助教
2013年 東京大学大学院薬学系研究科 助教
2017年 東京大学大学院薬学系研究科 講師