若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-

生化学者としてのアイデンティティとは?国立国際医療研究センター
柳田 圭介

この度は日本生化学奨励賞という栄えある賞を賜り関係各位ならびにこれまでご指導くださった諸先生方に厚く御礼申し上げます。

さて後輩へのメッセージということで、まず先輩方のご寄稿を拝見させていただきましたところ、書こうと思っていたことはほとんど網羅されており、またギクリとさせられるお話ばかりで大変励まされました (時すでに遅しではないはず…)。ということで、少し毛色を変えて書きたいと思います。

今や生命科学分野内での融合がますます進み、生化学、生理学、解剖学だけでなく、物理学やコンピューターサイエンスなどあらゆる領域を行き来しながら研究を進めていくことが必要となってきています。そのような中、近頃「生化学教育が自身の研究にどう生きるか」考えています。後輩へのメッセージというより自身への警句に近いですが、ここでは2つとりあげます。生化学見習いの私が語るのもおこがましく、また生化学に限らない話ですが、大目に見ていただければと思います。

「数字で捉える生化学」
生化学においては反応や現象を定量化することを基本とします。しかし生化学以外だと意外とこれが大雑把です。数字といっても”何倍”程度で済ませたり (ギクッ)、度を過ぎると”増減”や”善悪”といった二元論になり、留学中も度々同僚とデータの解釈を巡りバトルになりました。そんなとき「自分は生化学教育を受けてきたのだな」と実感しました。以下、某有名生化学者の言葉 (皮肉入り)。

“私は皆さんのように賢くないから、何倍変わったといっても、何molあるかわからないとイメージできない”

mol情報があってもアボガドロ数のせいで私の頭ではイメージできませんが、やはり現象を数値化・具現化できる観察として捉えるという点で、生命科学が物理学や化学と同列の科学であり続けるためには生化学的考え方は欠かせないと考えています。

「観察第一の生化学」
生命科学研究が観察中心からコンセプト重視にシフトしてきているのは間違いなく、私も新概念を世に出したいと日々頭を巡らせています。一方、観察をコンセプトに”合わせる”研究があるのも事実です。そのような研究の基に積み上がる知見は全て砂上の楼閣である危険性を孕みます。コンセプト先行の潮流の中、生化学の観察第一の姿勢は逆説的にますます大切になると考えています。以下、某著名物理学者の言葉です。

“どんなに優れた仮説もたった1つの反証によりいとも簡単に崩れ去る。しかし優れた観察は永遠に色褪せることはない”

唯一確かなものは自分の手と目で確かめたもの。四六時中がんばっても、思うように進まないことばかりかもしれません。しかし着実な実験結果は”ネガティブ”でも、永遠に色褪せない観察です。皆さんも(私も)、科学の大前提である正しい観察ができていることに自信をもって研究に励んでいただけたらと思います。

最後に恩師であり今もご指導いただいている清水孝雄先生が私たちによくかけられる言葉で締めさせていただきます。ここに生化学者としてのあり方が濃縮されていると思っておりまして、今後も意識して研鑽して参りたいと思います。

“chemistryのないbiologyは危うい、biologyのないchemistryは虚しい”

 

柳田 圭介 氏 略歴
2010年 東京大学大学院 医学系研究科 分子細胞生物学専攻 博士課程修了 (PhD-MDコース)
2010年 東京大学大学院 医学系研究科 助教
2013年 東京大学医学部 医学科 卒業
2014年 Weill Cornell Medicine ポスドク研究員 (日本学術振興会海外特別研究員)
2016年 Boston Children’s Hospital ポスドク研究員
2018年 国立国際医療研究センター 脂質シグナリングプロジェクト 上級研究員