若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-
好奇心こそ研究の原動力順天堂大学大学院医学研究科
森下 英晃
私はもともと生命現象の仕組みに興味があり、医学部の学生の頃から九州大学生体防御医学研究所で色々と学ぶ機会をいただいていました。医学部3年生のときに先生方に勧めていただき参加したのが「免疫サマースクール2003」です。このサマースクールで、私はとても面白い生命現象に出会いました。講師のお一人であられた長田重一教授(現・阪大)が「水晶体の核DNAの分解に必要なDNA分解酵素を同定したが、この酵素がなくても他のオルガネラはすべて正常に消える」と発表されたのです。このとき私の中で「水晶体細胞内のすべてのオルガネラが分解されるという不思議な現象は、いったいどのようなメカニズムによるのか?」という、とても強い好奇心が芽生えました。
その後、臨床研修2年目の2008年の夏に、私は大学院の進学先として東京医科歯科大学の水島昇教授(現・東大)の研究室を見学しました。そこで予期せず再会したのが、先の現象です。水島教授は2006年に水晶体とオートファジーの関係についての論文を発表されており、「水晶体のオルガネラ分解はオートファジーが起きないマウスでも正常に起こる」と説明されました。当時、オルガネラを分解できるほぼ唯一の仕組みとして知られていたのが”オートファジー”です。私は「DNA分解酵素にもオートファジーにも依存しない、この謎に満ちたオルガネラ分解現象の実体を知りたい!」という強い好奇心に駆られ、翌年から水島研究室に加わり研究をスタートさせました。博士課程では、正常なマウスのオルガネラ分解過程の解析と並行して、有力な候補因子のノックアウトマウスを複数作製したのですが、一向にオルガネラ分解は止まりません。2013年にポスドクになった私は、心機一転、ゼブラフィッシュを導入することにしました。in vivoノックアウトスクリーニング系を独自に開発し、4年かけて100種類以上の候補因子を解析しましたが、必須因子は見つかりませんでした。
100年以上前にオーストリアの解剖学者Carl Rablがこの現象を記載して以降、そのメカニズムはほとんど不明なままだっただけに、本当に難しい課題だったのです。ところが、有力な仮説が出尽くした8年目の2017年のある日、私は大学院生とディスカッション中にある一つのアイデアを思いつきました。それは、「オルガネラの膜は屈折率が高いことが知られているので、水晶体を透明化するためには膜を壊すこと自体が重要なのではないか。それならば、”特殊な”脂質分解酵素があるはずだ」というものです。文献を調べてみると、2010年前後に宇山徹博士、上田夏生博士(香川大)、Hei Sook Sul博士(カルフォルニア大)らが新たな脂質代謝酵素ファミリーとして「PLAAT」というホスホリパーゼファミリーを同定していました。このPLAATは疎水性領域を持っているのにもかかわらず、サイトゾルに主に局在しているという点で、とても”特殊”でした。試しにゼブラフィッシュのPLAATの一つをノックアウトしてみたところ、なんと核DNA以外のオルガネラの分解が100%止まったのです!私は本当にうれしくて、その晩はよく眠れませんでした。その後も続々と重要な知見が得られ、これらの成果は研究開始から12年目の2021年にNature誌に掲載されました。これまでの努力を成果として発表することができ本当にうれしかったです。実は、水晶体の研究と並行して進めていた別のプロジェクトがあります。それは「水晶体のオルガネラは正常に消えたものの、他の組織では何らかの異常を認めたノックアウトゼブラフィッシュの解析」です。これらの解析からは、初期胚、肝臓、消化管、肺(浮袋)などのさまざまな組織におけるオートファジー関連因子群の新たな生理機能が明らかになり、複数の論文としてまとめることができました。水晶体の研究を通じて全身のさまざまな組織で起きている興味深い現象の研究にも携われたことは、大変幸運なことだったと思います。一つ大きな謎が解けると、また次の新しい謎に挑戦したくなるものです。生体内にはまだまだ沢山の不思議な現象が、手つかずのまま残されています。終わりなき探求の旅は、まだ始まったばかりのようです。このような10年単位の研究を続けることができたのは、研究の機会をいただくとともに研究の方向性を見つけるまで待ち続けてくださった水島昇教授、多くの共同研究者や同僚の方々、そして2019年に私が順天堂大学に異動した後も論文化にあたり寛大なご配慮をいただいた現所属先の小松雅明教授(順大)の支援があったおかげです。この場を借りて心から感謝申し上げます。
自然界の不思議な現象に「なぜ?」と問いかける「好奇心」こそが、オリジナルな研究の原動力になるのではないでしょうか。今後もこれまでの貴重な経験を糧に、自然や人との出会いに感謝しながら、さらに視野を広げて日々努力していきたいと思います。
森下 英晃 氏 略歴
2007年 九州大学医学部医学科 卒業
2009年 国立国際医療研究センター 初期臨床研修 修了
2010年 日本学術振興会特別研究員(DC1)
2013年 東京医科歯科大学医歯学総合研究科 博士課程 修了
2013年 東京大学大学院医学系研究科 特任研究員
2016年 東京大学大学院医学系研究科 助教
2017年 ERATO「水島細胞内分解ダイナミクスプロジェクト」グループリーダー
2019年 順天堂大学大学院医学研究科 講師
2021年 AMED PRIMEプロテオスタシス領域 研究代表(兼任)