若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-
難しいこともやろう東京大学大学院理学系研究科
志甫谷 渉
この度は名誉ある日本生化学会奨励賞を頂き、大学院生の頃の恩師である藤吉好則先生や土井知子先生、現所属の上司である濡木理先生、また一緒に研究をおこなってくれた学生のみなさんに、この場を借りて感謝申し上げます。
私は高校時代から漠然と生命科学に興味があったのですが、京大時代に藤吉好則先生の授業に心惹かれて、構造生物学を志すようになりました。生命現象自体は複雑であるものの、蛋白質の構造情報から読み解く生命現象の原理に魅力を感じました。研究室配属になり選んだテーマが、Gタンパク質共役受容体(GPCR)の一種であるエンドセリン受容体の構造解析です。当時GPCRの構造決定は極めて難しく、受容体安定化技術を駆使してGPCRの構造を解こうという走りの時代でした。エンドセリン受容体の構造研究は1994年から研究室で続いており、難航してました。私が研究に加わったときには、受容体の安定化変異を得ることには成功していたものの、精製法含め課題は山積みでした。さらに直接指導していただいた奥田明子博士が院試明けに病気になり、自身が主導して研究をすることになりました。藤吉先生の異動にともない名古屋大学創薬科学研究科の第一期生として研究を進めていく中で、脂質中間相の結晶化法を先行して取り入れていた濡木理先生と共同研究に恵まれ、修士の終わりにエンドセリン結合型構造を解くことに成功しました。しかし論文化に苦しんだ結果、エンドセリン受容体の不活性状態の構造を決定し、エンドセリン結合にともなう受容体の構造変化を明らかにしようと決意しました。博士の途中から濡木研で研究させてもらえることになり、自ら結晶化を行うため背水の陣で東京に赴きました。いくつか試行錯誤を重ねていた結果、拮抗薬として機能するエンドセリン誘導体との共結晶化に成功し、分解能2.3 Åという高分解能で構造が決定できました。こうして、私自身の5年半、研究室全体では22年の歳月を得て、 博士課程3年時にようやく論文を出版することができました。
博士取得後は濡木研で学振PDや助教としてGPCR研究を進めています。エンドセリン受容体については、肺動脈性高血圧の治療薬ボセンタンが結合した構造を含め、計9構造を報告できました。現在はクライオ電子顕微鏡法によってGPCR- G蛋白質複合体の構造機能解析に取り組んでいます。その代表例が、β3アドレナリン受容体です。交感神経を司るβアドレナリン受容体のうち、β1とβ2受容体は2007年頃の最初期に構造が決定されたGPCR研究のファーストランナーですが、それから14年もの間、β3受容体の構造だけは報告されてませんでした。そこで我々はヒトではなくイヌ由来β3受容体が構造解析に最適であることを見出し、過活動膀胱治療薬ミラベグロンが結合した構造を報告し、薬剤の選択性の分子基盤を明らかにしました。このように一見難しい研究も、視点を変えて異なるアプローチで解決できる場合があります。
研究には二つあると思っていて、一つは私が取り組んでいたときのエンドセリン受容体のような「難しい」テーマ、もう一つはフェイジビリティの高いテーマです。両立していくことが理想ですが、実は大学院-PD時代が一つの研究に全エフォートを割ける期間です。ぜひ「難しい」ことにも挑戦し続けてください(自戒も込めて)。
志甫谷 渉 氏 略歴
2008年 北海道札幌南高校卒業
2012年 京都大学理学部卒業
2017年 名古屋大学大学院創薬科学研究科基盤創薬学専攻 博士課程修了
2017年 日本学術振興会特別研究員PD
2020年 東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻特任助教
2020年 東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻助教