若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-

Do the best and leave the rest to fate東京科学大学生命理工学院
小坂田 拓哉

 この度は伝統ある日本生化学会奨励賞を頂き心より光栄に存じます。本原稿に興味を持っていただいた皆様、どうもありがとうございます。私はこれまでの研究を、スーパースターのようにスムーズに続けてきてはおりません。また、何かを達成した感覚を有しているわけでもなく、さあこれからという気持ちも強いです。目指すところやキャリアパスは人それぞれですが、2010年の春に研究室での生活をスタートした私の試行錯誤の記録が皆様の明日に少しでもお役に立てば幸いです。

 これまでに私は東京大学大学院農学生命科学研究科で博士号を取得し、その後、米国ニューヨーク大学医学部のDayu Lin博士が主宰する研究室でポスドクとして研究を進めてきました。絶対に何かになりたいとか、小さい頃から生物や神経科学に興味があったわけではありません。直感を信じて面白そうな道を進んできただけなのですが、ここまでのらりくらりと研究を続けさせていただけていることにただ感謝するとともに、自分でも驚くばかりです。

 サイエンス、また、サイエンティストのあるべき姿とはなんでしょうか。某TV番組でプロフェッショナルとは何か聞くと各界のスターがそれぞれの言葉で答えてくれるようにサイエンス、サイエンティストは多様であるべき(多様性が認められるべき)かと思います。ですので、サイエンスをする理由は(おそらく)何でもいいと思いますし、目指すものも多様なはずです。実験や研究が楽しいという学生さんやポスドクの方は、研究を楽しく続けることが可能な環境を選んで進んで欲しいと感じます。また、サイエンスが面白いと感じるひとがひとりでも増えることも願っています。

 さて私はどうだっただろうかと振り返ってみますと、周囲の環境に恵まれた、運が良かったという言葉が思い浮かびます。学部生の際に研究室を決めるときは同期と一緒に、研究室対抗ソフトボール大会にどのチームから参加するかを基準に東原和成先生の研究室を選びました(後のラボ見学における印象が良かったのが主因で間違いありません)。ポスドク先を探すタイミングでは、PIのDayu Lin博士とlunchを取ったときに、英語の出来がいまいちなんだ、と言った私に対しての、ここ(US)ではそんなこと言わなくていいよ、という彼女の言葉に惚れ込んで他のラボを調べるのは止めました。学部4年生から在籍した東原研では論文がまとまるまでに時間を要しましたが、いいメンバーとメンターに恵まれ研究室での時間は楽しいものでした。Dayu Lin labでは神経科学のイロハがわかっていなかった私に対して丁寧にガイダンスしていただき、今も研究を続けられています。PIとの相性だけでなく、自らを伸ばしてくれるメンターや切磋琢磨する研究室のメンバー、また、研究室や大学が違えども支えてくださる方などの存在はとても大切です。これらは自動的に降ってくるものではなく、自らにも選択権があるものです。能動的に動いて皆様にとってより良い環境を掴んでください。

 ラボが決まった後の生活でひとつ言えることがあるとすれば、今月より来月、今年よりも来年、少しでも前に進めることを目指して過ごしたらよいということでしょうか。これは実験でポジティブなデータを取ることだけを指している訳ではありません。条件検討をひとつずつ進めたり、論文を読んで知見を深めたり、いろんな研究者にあったり、新しいアイデアが思い浮かぶようにバカンスにいったり、何でも構いません。研究生活では思い通りの進捗が得られないことも多いかと思います。ですので、気持ちだけは明るく前向きに日々を過ごしてください。熱意と明るい心持ちがあれば、周囲の助けてくれるひとの存在にも気づけるはずです。

 研究面では是非様々なことを日々試してみてください。PI(メンター)がhands-onであろうとなかろうと、言われたことをやっているだけでは学生実験とさほど変わりません(おそらく真のサイエンスはその先にあります)。いろんな条件や実験方法、アイデアを試してみてください。最初に予想していなかった状況や試行錯誤の先にようやく見つけた小さな違いのなかにこそ、インパクトのある発見が眠っているかもしれません。もし、自由に試すことが許されない環境の場合はどうするのがよいでしょうか。予算を取ってきてくれるのはPI(メンター)の方でしょうし、そのような状況(に見える)こともあると思います。しかしながら、基本的な技術を向上させ、信頼関係を築き、先んじてこなすべき実験のデータなどを集めていけば、それが可能な環境に少しずつ近づいていくはずです。効率など振り返りたくもない過去の数多な試行錯誤(実験)は、PIのような立場を目指すのであれば絶対に必要な経験です。臆せずに情熱とともに進めてください。

 最後になりますが、常日頃からご指導・アドバイスをいただいている先生方、また、一緒に研究を進めてくださっている皆様に心より御礼申し上げます。私は現在、東京科学大学生命理工学院において黒田公美先生や他のメンバーと一緒に研究を進めています。社会性行動や外界刺激等への応答を制御する緻密な脳内ダイナミクスに興味を持っていただいた方、海外留学を含めキャリア等について知りたいことがある方がいらっしゃればお気軽にご連絡ください。当たり前ですがサイエンスは一人ではできません。これからのサイエンスを一緒に盛り上げていただけるようでしたら幸甚に存じます。

 

小坂田 拓哉 氏 略歴
2017年 東京大学大学院 農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 博士課程修了(博士・農学)(東原和成 研究室)
2017-2018年 ERATO 東原化学感覚シグナルプロジェクト 特任研究員
2018-2024年 ニューヨーク大学医学部 神経科学部門 博士研究員(Dayu Lin 研究室)
2024年10月より 東京科学大学 生命理工学院 特任准教授(黒田公美 研究室)