若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-

『根拠の無い自信』と『諦めるライン』東京大学大学院薬学系研究科
畠 星治

 「我々、研究者は、根拠の無い自信で進むしかないと思います。」

 これは、私が自身のキャリアについて迷っていた際に、大学院生時代からの恩師である仁科博史先生(現 東京科学大学教授)からいただいた、忘れえぬ一言です。

 大学院で研究に打ち込む皆さんの中には、研究の面白さに心惹かれ、その道を進み続けたいと願いながらも、博士号取得後のアカデミアでのキャリアに、漠然とした不安を感じている方も少なくないのではないでしょうか。かくいう私もその1人でした。

 それでも私が研究者の道を選んだのは、心の奥底にわずかに灯っていた、『根拠のない自信』 があったからです。大学院生の頃の私は、特筆すべき業績を上げていたわけではありません。自己分析すれば、研究者としてアカデミアで生き残るのは厳しいだろうというのが、正直な見立てでした。しかし、研究に真剣に向き合う日々の中で芽生え始めた、「もしかしたら、自分は研究者としてやっていけるのかもしれない」という『根拠のないわずかな自信』が、海外留学を決断させました。「研究対象を変更し、何の後ろ盾もない海外のラボで、価値ある研究成果を生み出せるのか? もし、それができなかったら、研究者としての才能がないと諦めよう。」 そう自分に問いかけ、退路を断つ覚悟で臨んだのです。仁科先生から「35歳までなら、キャリアチェンジしても十分にやり直せる。」とアドバイスいただいたことも、私を後押ししてくれました。そうやって、タイムリミット付きの『研究者を諦めるライン』を引くことで、迷いは消えて覚悟が定まったのです。

 海外留学では、楽しいことも多々ありましたが、様々な困難にも直面しました。特に苦労したのは、前任のポスドクから引き継いだプロジェクトが、どうしても再現できなかったことです。ですが、『諦めるライン』が引けていると覚悟ができているため、大抵の困難は乗り越えていけるようになります。そして、価値のある研究成果を生み出すことができたとき、『根拠のない自信』が、より確かなものへと変わっていくのを実感しました。それでも、日本に帰国して研究者としてのステージが変わると、また新たな壁にぶつかります。未経験のことばかりですが、支えとなるのは、これまで育んできた『根拠の無い自信』です。

 大学院で研究に打ち込んでいる皆さんは、自然と、まだ見ぬ答えを自ら見つけ出す力が磨かれていくはずです。そして、その過程で得る経験は、どんな未経験のキャリアにも活かせる『根拠の無い自信』になると思います。それでも、もし新たな挑戦に心が揺れる時は、私のように、『諦めるライン』を引いてみてはいかがでしょうか。若い頃に覚悟を持って選んだ道で得た失敗は、次のキャリアで成功するための貴重な経験となるはずです。

 最後になりましたが、このような名誉ある賞をいただき、関係の諸先生方、また、これまでご指導いただいた先生方にこの場を借りて御礼申し上げます。

 

畠 星治 氏 略歴
2006年 東京薬科大学生命科学部 卒業
2008年 日本学術振興会特別研究員(DC1)
2011年 東京医科歯科大学大学院生命情報科学教育部 修了(理学博士)
2011年 東京医科歯科大学難治疾患研究所 特任助教
2013年 東京大学大学院薬学系研究科 特別研究員
2013年 日本学術振興会特別研究員(PD)
2015年 ハイデルベルク大学分子生物学研究所 博士研究員
2019年 ハイデルベルク大学分子生物学研究所 ユニットリーダー
2019年 東京大学大学院薬学系研究科 特任講師
2021年 科学技術振興機構 さきがけ研究者(兼任)