若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-
自分の興味と持ち味を生かした研究をエディンバラ大学臨床脳科学センター
貝塚 剛志
私はシナプス後部に局在するタンパク質の集積構造であるPSD(postsynaptic density)の研究に取り組んでいます。PSDは神経伝達物質受容体、足場タンパク質、シグナル伝達酵素など1000種類以上のタンパク質から構成されており、シナプスの構造や機能において重要な役割を果たしています。
私がPSDに着目した理由は「タンパク質」と「脳」に関心があったからです。学生時代、ヘモグロビンのアロステリック効果や酸素飽和度のシグモイド曲線、その生理学的意義について学んだ際には、タンパク質というものの精巧さ、面白さに感銘を受けました。タンパク質はまさに生命を構成するナノマシンといえるでしょう。大学院では、当時東京医科歯科大学にいらした水島昇先生のもとで、細胞内成分の大規模分解システムであるオートファジーの研究に取り組みましたが、ここで分子レベルから細胞、個体レベルに至るまで、タンパク質を多角的に研究する手法や思考を学ぶことができたのは大変貴重な経験だったと思います。加えて、私は「脳」にも大きな関心を持っています。知覚、記憶、感情、認知といった私たちの認識する世界を形作るこの臓器には、多くの人が興味を抱いていることでしょう。脳の機能は電気的な神経活動によるものですが、その複雑な機能を担うハードウェアは、タンパク質や脂質といった生体分子で構成されています。タンパク質の観点から脳を研究するにはどうすればよいか?そう考えた結果、私が着目したのがPSDでした。これまでの研究では、生後発達期の脳におけるPSDのタンパク質組成の変化や、機能未知のPSDタンパク質の同定と解析に取り組んできました。現在、私は脳全体のシナプスを網羅的に画像解析する「シナプトーム解析」により、個々のシナプスのタンパク質組成や配置の多様性を研究しています。今後は、この多様性の生理学的意義や脳機能との関係を明らかにしていくことを目指しています。
「彼を知り己を知れば百戦殆からず」ということわざがありますが、これは研究にも通じる言葉です。研究に対するアプローチは多様ですが、基礎研究においては「自分の興味」「自身の性格や能力」を考慮し、研究対象や戦略を決めていくことが重要だと思います。私の場合、シナプスのタンパク質について考えたり、実験を行ったりしているととてもわくわくするので、この研究テーマが自分に適していると実感しています。大学院生の皆さんは、現在は指導を受ける立場であり、研究の自由度も限られているかもしれません。しかし、自分の興味や特性に合った形で研究を展開していくことは、長期的な視点で見ても非常に重要ですので、ぜひ、自身の好奇心や適性を大切にしながら研究に取り組み、将来の進路を選んでいってください。
最後になりますが、ここまでお世話になりました皆様に、心より感謝申し上げます。特に、8年半にわたりご指導を賜りました水島昇先生、水島研究室で共に研究に励んだ先輩・後輩の皆様、自由に研究を行うことをお許しくださりました内匠透先生、先駆的な視点でシナプス研究を推進されている現所属先のSeth Grant先生、そしてすべての共同研究者の皆様に、深く御礼申し上げます。
貝塚 剛志 氏 略歴
2004年 神奈川県立湘南高等学校卒業
2008年 東京薬科大学生命科学部分子生命科学科卒業
2010年 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科修士課程修了
2014年 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科博士課程単位取得満期退学
2016年 東京医科歯科大学博士(医学)
2014-2016年 東京大学大学院医学系研究科特任研究員
2016-2020年 理化学研究所脳科学総合研究センター訪問研究員・研究員
2020-2021年 神戸大学大学院医学研究科特命助教
2021年-現在 エディンバラ大学臨床脳科学センター博士研究員