若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-
Chance favors only the prepared mind東京大学
西増弘志
この度は「立体構造から迫る酵素の作動機構」の研究に関し、日本生化学会奨励賞をいただき大変光栄に感じております。私は北海道の田舎に生まれ、研究とは縁のない環境で育ったのですが、幼少の頃からなぜか、生物と無生物の両者が共通の原子によって構成されているということに興味を抱き、将来は研究者になりたいと漠然と考えていました。タンパク質の作動メカニズムに興味があったので、東京大学大学院 農学生命科学研究科 酵素学研究室において6年間、祥雲弘文先生、若木高善先生、伏信進矢先生の指導の下、好熱性古細菌の糖代謝酵素に関する構造機能研究を行いました。修士課程では、当時発見された新規のFBPホスファターゼの結晶構造解析を行いました。博士課程では、分子実体が不明だったヘキソキナーゼの研究を行いました。好熱性古細菌を大量培養し、酵素活性を指標に菌体抽出液からタンパク質を精製し、新規のヘキソキナーゼを同定しました。さらに、結晶構造を決定し、そのユニークな基質特異性の分子基盤を解明しました。これらの研究成果は華やかなものではありませんでしたが、研究テーマの立案から論文執筆までを経験できたことは現在の研究の基盤となっています。
学位取得後はRNAサイレンシングをはじめとする高次生命機能の分子メカニズムを解明したいと考え、濡木研究室(現東京大学)で研究を行ってきました。RNAサイレンシングの中核因子であるArgonauteの結晶構造は他のグループに先を越されてしまいましたが、Zucchini、ENPP1、ENPP2、A20などの結晶構造を解明することができました。共同研究させていただいた日本を代表する著名な先生方や濡木理先生、石谷隆一郎先生から多くのことを教えていただきました。さらに、この間、学生時代に研究していたFBPホスファターゼが二機能性酵素FBPアルドラーゼ/ホスファターゼであることが偶然発見されました。そこで、アルドラーゼ型の結晶構造を決定し、「一酵素一反応」の常識をくつがえす分子メカニズムの解明に成功しました。これらの研究が一段落し、大きなテーマに挑戦したいと模索しているなかでCRISPR-Cas9と出会えたことは研究人生における最大の幸運かもしれません。Cas9をめぐる研究競争は想定していた以上に厳しいものでしたが、それまでに培った知識と技術を活かし、Cas9-RNA-DNA複合体の結晶構造を世界にさきがけて発表することができました。これらの研究テーマはどれも世界的に注目されており、激しい研究競争がありました。学生時代にこれらの研究テーマに取り組んでいたとしても、競争に負けていたと思います。研究は厳しい世界ですが、道を開くにはいまを必死に生きるしかありません。時間は平等です。チャンスは意外と近くに転がっているのかもしれません。
西増弘志 氏 略歴
2007年3月 東京大学 大学院農学生命科学研究科 博士課程 修了
2007年3月 博士(農学)取得
2006年4月-2007年3月 日本学術振興会 特別研究員DC2(東京大学)
2007年4月-2007年9月 日本学術振興会 特別研究員PD(東京大学)
2007年10月-2008年3月 東京工業大学 大学院生命理工学研究科 特任助教
2008年4月-2010年6月 東京大学 医科学研究所基礎医科学部門 助教
2010年7月-2013年4月 東京大学 大学院理学系研究科 特任助教
2013年5月- 東京大学 大学院理学系研究科 助教
2013年10月-さきがけ研究者(兼任)