若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-
何を研究するのか京都大学 医学研究科 医化学教室
鈴木 淳
大学院生に向けてということで、今回の生化学会奨励賞受賞テーマである細胞膜リン脂質のスクランブル機構になぜ取り組んだのかを書きたいと思います。大学院を卒業して幸運にも長田重一先生の下でポスドクとしてトレニーングを受ける機会を頂き、自分が何をしたいのか最初の1ヶ月間考える時間を与えられました。自分のおもしろいと思ったことを研究するというのが答えのように思いますが、それが本当に新しいことなのか、重要なことなのか常に考える必要があります。私の場合、おもしろいけれども既に多くの人が取り組んでいる(だろう)研究は、自分自身が独自性を出すのは難しいだろうと考えました。まだメカニズムがほとんど分かっていない重要な現象に取り組みたい、過去の人達の実験にあまりとらわれずに自分自身で一つずつ実験系を構築しながら進めていきたい、という気持ちがありました。そのようなテーマであれば自分自身の実験結果をより先入観がない状態で解釈できるのではないかと考えたからです。ほとんど分かっていない分野に飛びこむというは勇気がいります。難しいと考えられるテーマほど自分自身で明らかにできない可能性が高いからです。しかしながらポスドクという一番実験ができる時期だからこそチャレンジングなことをするべきだと考えました。そして取り組むことになったのが「アポトーシス時にホスファチジルセリン(PS)がどのように細胞表面に露出するのか明らかにする」というテーマです。当時長田研ではマクロファージが死細胞をどのように貪食するのかというテーマで研究が展開されており、死んだ細胞の表面に露出するPSに特異的に結合する受容体が幾つかとられていました。しかしながらPSがどのように細胞表面に露出するのかは未だ不明でした。過去の論文を読むと「リン脂質が双方向に区別なく輸送した(スクランブルした)結果、通常は細胞膜の内側に局在するPSが露出する」と記述されてはいますが、この過程を分子レベルで記述した論文はありません。また、血液凝固や細胞の融合時など幾つかの生物現象でもPSが露出すると記述されてはいましたが、その分子メカニズムが全く分かっていない。脂質生物学としてだけでなく、生理的にも重要な現象でやりがいがある研究だと思いました。結果的に6年の歳月をかけて血液凝固の時にリン脂質をスクランブルする分子、アポトーシスの時にリン脂質をスクランブルする分子を同定できました。それは素晴らしい師の指導、素晴らしい同僚のサポートがあった中で達成された成果でありますが、自分自身はどうだったかと問うと、「知りたい」と思った気持ちが強いテーマであったがゆえに、多くのネガティブデータを糧にして前に進めたと思っています。