若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-
世界を旅する論文を追いかけて東北大学大学院医学系研究科
田口 恵子
昨年は大学卒業後15年の節目でしたが、どうした巡り合わせか、何人かの大学同期生に会う機会に恵まれました。アメリカでPIになった人、研究とは違う領域で留学した人、たまたま仕事で大学を訪問してきた人、などに会ったのですが、こうしてみると大学卒業後の進路はまさに様々です。博士課程に進学した人でも、大学で研究を続けている人は限られています。私自身は、これまでの研究生活を振り返ってみると、良き指導者や共同研究者に巡り会い、恵まれた環境にいると感じます。
まさに15年振りにあった同級生から思いがけないことを言われました。「指導学生にはぜひ論文を付けて卒業させて欲しい」。研究職でなければ論文の有無は関係ないのでは、と思っていたので意外な一言でした。彼の卒業研究は海藻から有効成分を抽出することで、それで2本の論文の共著者になったそうです。実際には論文の内容をすべて理解できていないと笑っていますが、この論文がその後の就職やMBA進学に非常に役に立ったと言います。
論文を投稿・再投稿するときは一字一句産みの苦しみです。しかし、受理の連絡を受け取る頃には、その論文はすでに手元を離れており、もう次の実験に頭を悩ませているものです。投稿後の論文の行く末を確かめることができるのは引用歴くらいでしょうか。最近、海外の研究者に会って、初めて知ることがありました。「私の論文を作成するときに、ちょうど出版された恵子の論文を読んで構想とばっちり合致した」「リバイス中にちょうど恵子の論文が出てきて引用した」。知らないうちに、論文は受理された時から世界を旅している、と実感しました。自分の新しい発見が他の研究の契機となり、その後に続いていることを知るのは大変嬉しいものです。
昨年、日本生化学会の水島会長が東北大学の講義にいらしたときに、「作製したノックアウトマウスを世界中に譲渡しました。それを機に様々な国に行きました。研究者は世界中に行ける職業ですよ」と話していました。実験をしている時には研究室で黙々と過ごす毎日ですが、出版した自分の論文を追いかけて世界に出てみれば、多くの新たな出会いがあるかもしれません。世界中の友人と話をするのは楽しみです。しかし、実際には次の論文を書かなければ!と追われる毎日です。
田口 恵子 氏 略歴
2006年 筑波大学 大学院人間総合科学研究科 社会環境医学専攻 修了
2006年 科学技術振興機構 ERATO山本環境応答プロジェクト 博士研究員
2008年 東北大学 助教