前回の「生化学」企画委員長横溝岳彦教授との対談に続き、今回はJournal of Biochemistry(JB)のEditor-in-Chief(編集委員長)である菊池章教授(大阪大学)と対談しながら、生化学会の英文誌JBを紹介していきたいと思います。対談は、第89回大会(山本雅之大会長@仙台)で行いました。
水島:今年でJBのチーフエディターとして3年目になると思いますが、JBについてどのような思いをもたれていますか?
菊池:歴史を感じますね。JBは柿内三郎先生が我が国からの研究成果を英語で発表できる学術雑誌の必要性を認識され、私財を投じて1922年に刊行されました。実は日本生化学会の設立より3年も早いのです。当時の日本の医学教育では、外国語としてはドイツ語が主流であったはずですが、英語での国際誌を発行しようと考えられた彗眼に感銘します。
水島:そうですね。「Journal of Biochemistry」という直球の名称を使っていられるのは、世界的にもいち早く目をつけた証だと思います。
菊池:そのような先人の志を大切にしたい、というのがエディターとしての思いです。ただ、生化学という物質を基盤にして論理を組み立てていく学術体系が今後も科学の中心的な位置を保ち続けることができるのかというと、それはいろいろな考えがあるかもしれません。
論文の審査プロセス
水島:現在のJBの方針と、投稿論文の審査プロセスを教えてもらえますか?
菊池:今は年間約250編の論文が投稿されてきますので、月にすると20-25編です。これにすべて目を通します。結構、厳しいですよ(笑)。出張中に事務局からメールが来るとプレッシャーになります(大笑)。論文内容の質や体裁、スコープなどの問題で、おおよそ1/4がその場でリジェクトとなります。残りの3/4を最も適した分野エディター(部門編集長:6名のうちの1名)に回します。分野エディターはassociate editor(編集委員:60名)を選出し、最終的に2名のレフェリーへ論文審査を依頼します。平均すれば3週間以内に審査結果がassociate editorから著者へ通知されます。全体としては、30-40%が採択され、日本からの投稿論文の採択率は50%を超えています。
水島:スピードが速いのは重要ですね。
菊池:Decisionまでに時間がかかる雑誌には私も投稿したくありません。審査の速さは、研究者にとって、投稿先を考える上での重要な要素だと思います。
水島:反対にご苦労されていることは?
菊池:すべての投稿論文について、いわゆる「コピペ」チェックを事務局で行っていますが、残念ながら一部の論文にはそれを疑わせる結果がでてきます。
水島:そのような場合はどのように対応するのですか?
菊池:JBは国際組織「Committee on Publication Ethics (COPE)(注1)」のメンバーなので、不正の疑義に対する対応はそのガイドラインに従っています。定義や方法(Methods)が論文間で似ているのはやむを得ないとしても、結果や考察などに他の論文と類似または同一と思われる箇所があった場合は、著者に差し戻して理由を求めます。その反応によって、再審査するか、リジェクトとするかを決めています。
水島:大変な作業ですね。
菊池:そうなんですが、JBとしては質を保つことがなにより重要です。厳しく審査していることが外に伝わることによって、いい加減な論文の投稿が自ずと減ってくることを期待しています。
JBの良いところ
水島:では、JBの良いところを思いっきり宣伝お願いします。
菊池:はい。JBは何よりも「オーサーフレンドリー」なジャーナルです。3つの特徴があります。1つめは安価であること。投稿料は無料ですし、図表のカラーもオンライン版であれば無料です(冊子体のカラーは有料)。
水島:それは良いですね。雑誌によっては、アクセプトの嬉しい知らせに気持ちが緩んでいるすきに、高額な請求を送ってくることもありますからね!(笑)
菊池:2つめは、さきほど述べたように審査が速いこと。3つめは、特に重要ですが、日本人エディターと相談しながら審査を進めることが可能であることです。
水島:日本の雑誌ならではの特権ですね。
菊池:海外は海外で、それぞれのジャーナルがやっていることです。他グループとの競合、学位審査、留学などの事情で特に急がないとならない場合は、遠慮無くご相談下さい。論文の質が担保されていることが条件ですが、それがクリアされていればできるかぎり急いで審査します。私とエディター、associate editorが最大限の努力をします。
JB論文賞
水島:今年も7編の論文にJB論文賞が与えられ、つい先ほど授賞式を終えたところです。昨年掲載された87編の論文の中からの選りすぐりということになりますね。
菊池:はい。ただ、もっと応募があっても良いと思っています。応募には、JBのassociate editorの推薦か、評議員の推薦を必要とします。ですので、associate editorのみなさんには、JB論文によく目を配っていただいて、良い論文と思えばどんどん推薦して欲しいですね。また、著者の方も、近くに評議員がいると思いますので、お願いして応募することも可能です。
水島:JB論文賞には10万円の副賞がありますからね。是非応募して欲しいです。
菊池:付加価値は高いですよ。ところで、この10万円は筆頭著者がもらっているんでしょ?
水島:応募者は筆頭著者となっていますが、対象は論文なので、実際のところ10万円をどのように使うかはお任せしているのが現状です。授賞式には留学などの理由で筆頭著者が出席できないこともあり、その場合はラストオーサーの方などが参加されています。筆頭著者は実験に忙しくて、暇なボスがもらいに来るとか(笑)。
菊池:ボスが横取りしちゃいかんでしょ! あれっ でもうちは宴会に使ったかもしれないな・・
水島:そろそろ次の話題に移りましょうか。
現在の問題など
水島:先ほどはコピペのお話がありましたが、他にどのような問題点や課題がありますか?
菊池:まずは、JBの国際的な位置づけですね。インパクトファクター(IF)については、前中西会長のときにDORA(注2)による論文評価の提言について生化学会も署名しています。しかし、これは学会として会員の個人評価などの際にIFのみに頼らないということであり、JBという雑誌の位置づけを議論するには意味はあると思っています。
水島:最近のIFの推移はいかがですか?
菊池:2~3です。よく引用される総説の有無によって左右されます。本来は質の高い原著論文によってIFが上がっていくようにすべきなのですが、現実はなかなか厳しいものがあります。
水島:雑誌の質を保つのは本当に大変ですね。
菊池:質が低下すると悪循環が始まりますので、しっかりとやっていなかないと思っています。私を含めて編集委員はすべてボランティアですので、専任のエディターがいる雑誌と競争するのは並大抵のことではありません。出版社Oxford University Pressでも宣伝したり、毎号2編までは無料で読めるサービスをしたりと工夫をしてくれています。
水島:論文の投稿数の状況はいかがですか?
菊池:残念ながら、少しずつですが減ってきており、それも懸念材料です。投稿数やIFが減少傾向にあるのは、JBC等の生化学分野の他のジャーナルも同じかと思います。国際的な学術のトレンドなのかと思いますので、ある意味では仕方ないのかもしれません。かといって、むやみに採択数を増やすと質が維持できませんので、そこは譲れません。日本からの投稿が増えることを期待しています。
水島:先ほどのJBランチョンセミナーでも十分宣伝できましたか?
菊池:そのつもりです。でも黒田真也さんの数理モデルの話は、途中難しくてようわからんかったなー(笑)。生化学会で毎年行うJBランチョンセミナーでは、50 歳前後の優れた研究者に方に、PIとしての心構えや分野の切り開き方について講演をお願いしています。黒田さんは、コテコテの生化学研究からシミュレーション(システム生物学)研究に華麗に転身されました。今後も多彩な人材が生化学会ら輩出できるといいですね。
会員のみなさんへメッセージ
水島:では、最後に会員のみなさんへメッセージをお願いします。
菊池:先ほどもお伝えしたように、JBはオーサーフレンドリーな雑誌です。安い、速い、親切の3拍子そろっています。日本が発行する誇るべき国際誌です。特に、日本からの論文の質はとても高いので、是非会員のみなさまからの投稿をお待ちしています。時代と共に技術が進歩して、研究の在り様も変わってきました。いわゆる「Biochemistry」と呼ばれる研究手法を用いて医学・生命科学を推進することがこれからの時代も可能かはわかりません。JBが今後どうあるべきかを考える時期にきているのかもしれません。しかし、生化学会の英文学術誌としまして、柿内先生の崇高な志を受け継いで、日本の学問の進歩に貢献する姿勢を保ち続けることは大変大切であり、これは生化学会ならびに生化学会会員の使命ではないでしょうか。
水島:今日は、どうもありがとうございました。
注1:http://publicationethics.org/about