日本生化学会会員のみなさん、
今号では学術集会のあり方について考えます。
最近のEMBO Reports誌に「Lip sync conferences」というタイトルの記事が掲載されました(EMBO Rep. 16:1051, 2015)。‘lip sync’とは、いわゆる‘くちパク’を意味します。この記事の著者は、“学術集会に招待される講演者の顔ぶれはいつも同じで、しかも講演内容の大部分は以前の繰返しである”と指摘しています。さらに、“招待講演者の多くは自分の発表が終わるとすぐに帰ってしまう”とも言っています。また、口頭発表における討論のやり方の改善を提案しています。
「いつも同じ顔ぶれ」は私も時々感じることがあります。ただ、毎年同じ集会に参加するわけではない人にとっては、論文でしか名前を知らない人の講演を聴く機会が得られるという良さはありますね。「発表内容に新しいデータが少ない」と感じている方はいるのではないでしょうか。招待講演に限らず、まだジャーナルに掲載されていないデータを発表することが理想なのですが、内容の全てが未発表の講演にはなかなかお目にかかれません。いろんな事情があるでしょうが、“未発表データを話すと他の研究者に横取りされてしまう”ことを恐れる研究者が多いのは事実でしょう。なお、学会発表もジャーナルでの論文発表と同様に、同一内容を同じ集会で繰返して発表すると‘研究成果の重複発表’とみなされて不正扱いになる可能性があります(本会の「倫理規程」を参照してください)。「招待講演者がすぐに帰ってしまう」もよく目にすることですが、これは集会の主催者の考え方や講演者の姿勢に帰する問題ですね。
情報技術の発達した今の時代では、発表と討論のやり方にも改善の余地があると思います。口頭発表での映写の際に、発表者が自分のPCを演壇に運ぶシーンをまだ見かけますし、少しましでも映写ファイルを保存したメモリースティックを備え付けPCに差し込むくらいがせいぜいです。使うデータを集会のサーバーに提出しておき、発表時にPCに取込むことで片付きそうに思います。ポスター発表においても、印刷したポスターを大きな筒に入れて会場まで運びボードに貼付けるのではなく、あらかじめ登録したポスター形式の発表データを会場で映写すれば事足りるしょう。既にこのようなやり方を取り入れている学会もありますが、経費がかさむこととデータ漏洩の防止措置が課題のようです。一方、討論の形態について、前出の記事では質問を‘ツイート’で行うことが提案されています。「聴衆が小型端末を使い無記名で送信した質問がスクリーンに映し出され、座長が内容ごとにそれらをまとめて講演者に答えてもらう」というやり方です。二つの利点が挙げられており、ひとつは座長がまとめることで統合的な質問にできること、もうひとつは質問者が特定されないので率直な質問が発せられることです。ただし、この討論形式では、複数の質問をうまくまとめる能力が座長に求められます。このように考えてくると、研究成果の発表と討論のためだけだったら会員が一堂に会する必要はないのではという意見も出てきそうです。そうはいっても、face-to-faceの議論でのみ得られることの大切さは、みなが理解するところでしょう。
学術集会にとどまることなく、これを開催する学会自身のあり方も変わるべきかもしれません。かつては、多くの学会がその研究領域での科研費の審査員を抱えていて、学会に所属することが研究費獲得において重要な意味を持つ時代もありました。また、学会が刊行するジャーナルに論文を掲載する際の割引が会員特典のひとつであることは、今もよく見かけます。学会の役員などを務めることは、大学教員や研究者にとっては所属組織における評価のポイントを稼ぐことにつながります。他方、学生にとっては、学会の学術集会で発表することが奨学金の受領、奨学金の返還免除、就職活動などにおいて有利に働きます。しかし、このような‘直接には学問に関連しない’目的のみで会員が存在することは、学会の本来のあり方とは違うはずです。学会の活動が、会員の研究活動の発展に資するようでなければなりません。本会を含めた各学会には、今こそ、年次学術集会のあり方を含めた新しい組織の姿を提示することが求められています。
2015年10月
中西義信