会長だより
会長便り第1号:大石由美子先生との対談
2024.3.13
会長便り第1号:大石由美子先生との対談
2024年3月13日
会長だよりとして、複数の女性PIとの対談をお届けしたいと思っています。第1弾は大石由美子先生(東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科・病態代謝解析学分野 教授)との対談です。なお、この対談は、各人の発言の意図が会員の皆様に正確に伝わるよう、録音の文字起こしの後に編集を加えた上でお届けするものです。
横溝 岳彦
大石由美子先生との対談
日時:2024年2月14日(水)午前
場所:順天堂大学医学部生化学第一講座 横溝教授室
出席者:会長/横溝岳彦、大石由美子、事務局/渡辺恵子
【横溝】今日はお忙しい中ありがとうございます。私のラボも結構女性研究者が多く、いろいろな悩みを抱えながら研究をしているようです。生化学会にもジェンダーに関する委員会(注:ダイバーシティ推進委員会)があって、私もできるだけ参加するようにしています。会長になったことをきっかけに、複数の女性PIの方にお話を聞いて「会長便り」にしたいと思い、その第一弾を大石先生にお願いすることにしました。本日はどうぞよろしくお願いします。
生化学研究を志した理由・動機づけについて
【横溝】まずこれは女性だからうんぬんではなくて、皆さんにいつもお聞きしている質問なのですが、なぜ生化学研究を志したのか、もしくは生化学を専門にすることになったのか、その理由やきっかけを教えていただけますか。
【大石】 もともとは循環器内科医でした。大学を卒業する時には普通に臨床医を目指し、永井良三先生が主宰されていた循環器内科学教室の門をたたきました。研修医として臨床の場に出たときに、人の体ってすごいなと改めて気づかされる経験をしました。例えば同じ治療をしていても良くなるケースとそうでないケースがありました。また、医者が何か手助けをするというのはやはり限られていて、組織が治ろうとする力、いわゆる恒常性の維持能のほうが治療経過に大きな影響を与えることを実感しました。そんな経験に加えて、消極的に聞こえるかもしれませんが、きわめて優秀な先輩方や同僚の姿を見て、自分よりも優れた医者が世の中にはたくさんいるということを知り、もしかしたら、自分らしさが出せるところは臨床以外にあるかもしれないなと思うようになりました。さらに、私たちの体の中には、無駄なものは一つもないという点にも惹かれました。臨床医として、生命の美しさや精巧さ、緻密さを感じ取るうちに、そのほんの一部でもいいから細胞が生きるメカニズムを自分で紐解いてみたいと思い、基礎の道を志しました。生化学というのは、まさに、身体を構成する細胞がどうやってうまく生きていって組織を保つのか、を少しずつ明らかにしていく学問ですから、最終的に行き着いたのが「生化学」でした。
【横溝】 大学院は臨床系の大学院ですよね。その時から生化学的な実験をされていたのですか。
【大石】 分子生物学的実験が主体でした。我々が大学院に入ったのはちょうど2000年ぐらいなんです。そのころはようやく遺伝子改変マウスが自由に使えるようになって、特異的に遺伝子をノックアウトするテクノロジーがようやく進んできた時でした。
【横溝】 学位を取られてからは学振の特別研究員で循環器内科の特任助教とありますが、どのあたりから生化学というか基礎の研究者として生きていこうと思われましたか。
【大石】 大学院に入った頃から研究が面白く感じられるようになり、臨床医としてのバックグラウンドを活かしながら、基礎研究に軸足を置いて研究者として生きていきたいと思い、今に至ります。
PIになろうと思った時期やきっかけ
【横溝】 そのあと留学されて、その後にテニュアトラックに乗られたわけなんですけど、どのあたりからPIになることを意識されたのですか。
【大石】 実はPIになりたいとは、今も恐らく思っていなくて。ずっと、拾っていただいたというような気持でおります。そのあたりの感覚は、男性の研究者の方々とは少し違うのかもしれませんね。女性研究者でも、切磋琢磨し、男性研究者と伍して戦うのを厭わない方はもちろんいらっしゃると思うのですが、私はどちらかという戦って勝ちとるというようなマインドではありませんでした。
【横溝】 東京医科歯科大学のテニュアトラック准教授になられたのも、PIになりたいからというわけではないのですか。
【大石】 そうではありません。留学して5年が経ち日本に帰ってもいいなと思った頃、偶然、東京医科歯科大学で公募があるということを知人から教えていただき、応募して拾っていただきました。
【横溝】 PIを目指して応募したというよりは日本でのポストを探して応募したのがたまたまテニュアトラックだったということですね。
子育てと留学時代
【横溝】お子さんを出産されたのはどの時期だったのですか。
【大石】 留学前です。留学したのは子どもが5カ月の時でした。
【横溝】 それはまた大変な時期ですね。
【大石】 留学は私にとっても、子どもにとってもアイデンティティの基礎となりました。アメリカでは、「自分とは違う考えの人がいる」というダイバーシティ的な考え方を、身をもって体感できました。それほどセンセーショナルな出来事であり、精神的にも鍛えられました。
【横溝】 留学先で大変だったのではないですか。
【大石】 そうですね。産後は何となくアクティビティというか、脳の活動が落ちる感じがしていました。でも、そんな私を留学先のボスが雇ってくれたことを本当に感謝しています。ラボメンバーにも恵まれ支えられ、本当に勉強になりましたし、人間としても鍛えられたと思います。
【渡辺】 子どもさんは預けるわけですよね。
【大石】 そうです。朝から晩まで預けていました。でも、子育て環境は日本よりもアメリカのほうが断然良く、周囲の目が温かかったです。例えば何か困っていると、見ず知らずの人がごく自然に助けてくれますね。ですから、逆に日本に帰ってきた時には、逆に子育て中の女性に対する周囲の目の冷たさにカルチャーショックを感じました。そちらのほうが精神的にはダメージが大きかった気がします。
【渡辺】 お子さんを預ける費用はどのくらいかかったのですか。
【大石】 アメリカの保育園はものすごく高いです。たぶん今はもっと高くなっていると思うのですけれども、私が行った時は円が比較的高くて1ドル100円ぐらいだったのです。それでも1週間で保育園が377ドルもかかりました。よい保育園は、保育の質が良く治安も良いところにありますので、保育料も高額になってしまいます。
【渡辺】 お金を払えば良い環境が得られるということですね。
【大石】 そうですね。だから、今のこの円安状況下で留学するとなると相当大変でしょうね。物価が全て上がっているので、財団の留学助成等も、一昔前に比べて1.5倍とか2倍近くの金額になっている。それぐらいしてあげないとこれからの若い人の背中を押せないなと思います。
【横溝】 生化学会の留学助成金もずいぶん増やしました。
【渡辺】 結局子どもを持つことを諦めるとか、そういう選択肢にもなってしまうかもしれないということですよね。
【大石】 そうですよね。留学は、若い研究者にとっては、確かに相当な出費です。でも私は、留学は人生の夏休みだと思っているのです。夏休みって、どうしても出費はかさみますね。でも、家族とかけがえのない時間を過ごせるなどの貴重な経験ができます。人生80年時代と言われますが、長い人生の中での限られた夏休みが留学中の数年間かなと思っています。
【横溝】 でも、5年近くおられたのですよね。留学中の給与は日本から持っていかれたのですか。
【大石】 最初はそうでした。大変有り難いことに鈴木万平糖尿病財団から年額400万円の助成金を2年間頂くことができました。当時はポスドクの最低賃金が600万円台でした。その後は留学先のボスが雇用してくれましたので、ほとんど貯金を切り崩さずに済みました。
【横溝】 その時代でしたか。今はすごいですよね、アメリカのポスドクの最低賃金は1千万を超えているのですよね。日本の教授より高い(笑)。むしろ留学中は子育てに関しては逆に日本よりも楽だったということですか。
【大石】 そうですね。あまり悩みはなかったですね。
テニュア
【横溝】 日本に戻られてからテニュアトラックに乗って4年ぐらいしてテニュアを取られたのですね。
【大石】 東京医科歯科大学難治疾患研究所で独立准教授として5年目にテニュアを取得しました。でも、教授としてではなかったので、教授職としてのPIに挑戦すべき時なのかなと思うようになりました。
【横溝】 たぶんここが多くの女性研究者が一番聞きたいところだと思うのですが、日本医大で教授になられた時のいきさつを差し障りのない範囲で教えていただけませんか。
【大石】 公募があったのでそれに応募しました。
【横溝】 でも、先生、比較的スムーズに教授になられていますよね。今、20も30も出して落ち、出して落ちをしている人がすごく多くて、なかなか面接に呼んでもらえないとか、呼んでもらっても落ちてしまうとか、よく聞きます。でも、先生は数回出されて日本医大の教授ですよね。
【渡辺】 准教授で残るという選択肢はないのですか。
【横溝】 そこは人によって違うでしょうね。
【大石】 あとは大学の方針ですね。順天堂は5年10年の縛りはないですか。
【横溝】 教授は任期はありません。その他の教員も厳しくはありませんが3年おきに業績やグラント獲得のチェックが入って、うまくいっていない人は学部長に呼び出されます。首にするのではなくて、この調子だと次は契約できないから頑張って論文を書きなさいとか言われるそうです。生首を切ることはないですけど、呼びつけて叱咤激励するわけです。
【大石】 医科歯科は結構厳しくて、特に研究所は厳しいですね。
【渡辺】 昨年の生化学会の男女共同参画ワークショップで、「non PIとして継続的に研究にかかわる仕組み」についての話が出て、准教授でもずっと好きな研究をやっていたいという人もいるのに、PIになるか、やめていくかの選択肢しかないよね、みたいな議論もありましたよね。
【横溝】 僕もちょっと発言しましたね。順天堂ではそういう人は共通機器室であるコアファシリティのスタッフにしています。教授が辞めて、次の教授が来るといっぱい雇って新しいチームをつくりたいじゃないですか。そこで研究心があって、かつ人当たりが良いというか、性格が良い方は共通機器室に移ってもらっています。ただ、そこは自分の研究をぐいぐいやるというよりはむしろ若い大学院生を指導したり、例えば質量分析が得意な先生だったらいろいろな検体を測ってデータを返す。そういうサポート的なポストが結構あります。現在は共通機器室の常勤スタッフが40人ぐらいいるのです。
【渡辺】 研究には携わっているけど、自分が主宰ではないということですか。自分のテーマの研究をやるのだったらPIにならなければいけない。
【横溝】 そうそう、そこは理解してもらう必要がありますね。自分の研究をやりたいのだったらPIを目指さなければいけない。PIを目指さない代わりに首にはしないですよ、でも、研究もできますよというポストです。でも、そういうコアファシリティに30人も40人も雇うのは国立大学では絶対無理で、私立でもそこまでできている所はあまりないでしょうね。順天堂には代々そういう風土がありますが、国立大学ではnon PIでずっといることは厳しいですよね。
研究者として女性であることの有利さ、不利さ
【横溝】 話は変わって、女性であることが有利に働いたとか不利に働いたとか、そういうご経験はありますか?
【大石】 たぶん有利というか、先輩諸先生方に助けていただいた、拾っていただいたことばかりだったと思います。
【横溝】 特に女性公募とかはなかったですね。最近はあるのですけど。
【大石】 最近はありますけれども、私たちの時代はまだなかったです。
【横溝】 逆に不利というのは結構いっぱいあるのですよね。
【大石】 おそらく、女性には本能的に「子どもの面倒を見なければいけない」という思いがあります。ですから、多くの男性教員のように、夜中までラボにいて実験に没頭するとか何か論文を書くのに集中するということはやっぱりできない。これは不利というか、女性はそうできているものであると何となく感じます。同時に、家を完全にほったらかしにするのは良くないと心の底でずっと思っています。例えば夕方に飲み会とか懇親会とかがあるときには、子どものご飯を作ってから出かけます。そういう時間的な制限はよく感じます。あとは、学会出張とかはなるべく最低限にして1泊とか2泊とかで帰らないと、と思ってしまいます。心のどこかで家のことを心配している自分がいます。
【横溝】 やっぱりお子さんと家庭というのが大きいわけですかね。
【大石】 大きいですね。
【渡辺】 子供を出産するとか、体力とか、男性とはそもそも違うわけで、もしその違いが無かったら、まさに男性と同等に働けたのに、と男性と比較されることをよく聞きますが、そのあたりはどう思われますか。
【大石】 私は、男性と女性は張り合ったり、競争したりするものではないと思います。同じ事象を観察しても、どの部分に興味を持つかということは、その人の生まれ育った環境や、学んだことを背景に、異なって当然だと思います。男性・女性で、脳の構造からして違いますし、さらに研究者はひとりひとり個性があるわけですので、お互いにその”違い”を認めればよいと思います。ですから、自分が女性ではなかったら、たぶん別の視点があると考えています。個々が異なる存在だからこそ、ときには意見をはっきり相手に伝えて、一緒にひとつのものをつくり上げていくことが理想だと思います。
研究に割く時間帯や時間軸
【横溝】 研究に割く時間帯というか、時間軸はどういう感じですか。
【大石】 若い時、特に東大の循環器内科学教室にいた時には、昼間は外来の当番をやったり、病棟を見たり、研修医の指導をしていたので、朝、細胞に試薬を入れて8時頃に病棟に上がって、夕方5時か6時ぐらいに病棟から帰ってきて、ようやくそこからタンパクを取ってウエスタンを流してとやっていると、だいたい夜中の1時か2時ぐらいに現像することになる、そんな感じのタイムスケジュールでした。その頃は大学病院の当直もしていたので、そういう時は夜中じゅう実験ができると思う反面、救急車が来たりして実験が計画どおり進まないというようなことがよくありました。でも、留学してからは完全に朝型になりました。朝7時ぐらいに大学の敷地内の保育園に子供を預けて、自分はラボに行って仕事をして、だいたい5時半ごろには迎えに行って家に帰っています。
【横溝】 今も朝型ですか?
【大石】 はい、今も朝型で、8時前には働き出して、夕方ラボの中で一番早く私が帰ります。そうしないと家がもたないからで、ラボメンバーにこれだけはごめんねと言っています。
【横溝】 家族のために早く帰るということですね。
【大石】 子どもが学校から帰ってから長時間、家で一人にしておきたくないという思いがあります。だから、夜8-9時頃から積み残した書類仕事を自宅で片付けています。
女性研究者として苦労されていること
【横溝】 若い時は家族に使う時間と自分の研究の時間の調整が大変だったと思いますけど、今、教授、PIとして、かつ女性の研究者として何か苦労されていることはありますか。
【大石】 そうですね、圧倒的に時間がない。時間が足りないです。
【渡辺】 教授になるといろいろなアドミニ的な仕事が降ってくるというじゃないですか。
【大石】 それがやっぱり大変です。
【横溝】 最近は、委員会には女性を必ず1人入れろというのが多いですよね。
【大石】 本当にそれはありがたいことで、そういう文化になったことを我々女性研究者は喜ぶべきなんですけども、当事者としてはあまりにも大変と思うことがあります。とてもいい経験はさせていただいたのですが、時間のやり繰りがなかなか大変だった。今もそうです。
【渡辺】 それは男性より女性のほうが雑用が多いということですか。
【大石】 はい、逆に多いです。
【横溝】 文科省などの会議に出ると、あれ、この先生この会議にもいる、別の会議にもまたいるみたいなことがよくあります。特に女性がそうなりがちなんですよね。
【大石】 そうですね。そういう意味では全体的な女性教授の数を増やさないと、この状態は改善されない。
【横溝】 男性教授もそうなんですけどね、細切れ仕事が多いと、効率が落ちるんです。一つ一つの拘束時間は大したことがなくても細切れの時間では集中した仕事ができない。特に女性教授はこうしたことが多いでしょうね。
【大石】 そうですね。それが今一番の悩みです。
大学に望むこと
【横溝】 医科歯科に戻られて半年ぐらいですね。何か大学にお願いしたいことはありますか。
【大石】 実は、私が赴任した前年から、基礎医学教室の教員数がちょうど減らされたところでした。基礎教室のポジションが教授以外に2つしかありません。他の多くの基礎の講座は教授以外に3つある。やはりマンパワーがないと、100名以上の学生を相手に生化学実習をやるのはちょっと厳しいです。
【横溝】 生化学教室は1つですか。
【大石】 2つです。ですので、人員が少ないにもかかわらず、同じだけのデューティを課されているということになります。それに加えていろいろな委員会等にも参画していますので、臨時でもいいから何とかもう1名分の教室員のポストを確保していただければありがたいです。
【横溝】 それは女性だからということではないですよね。制度として、今そうなっている。
【大石】 そうですね。でも、女性教授の負担は相当大きいということを、やはり大学の上層部が認識はしてほしいなと思うのです。
【横溝】 逆に女性教授だからもう1人付けましょうぐらいのことを考えてもらってもいいのではないかということですね。
【大石】 はい、そうです。例えば、ダイバーシティイニシアティブという、順天堂大学と共同で補助金も獲得しているので、それらを活用して欲しいです。
【横溝】 順天堂ではポストは増やしてもらえないけど、女性で選ばれた人には、テクニシャンを大学が雇って付けてくれていますね。
うちの場合は女性だけ、しかもPIになれそうな女性を強くサポートしますよということでもらった補助金なので、ある程度業績があって、なおかつ子どもがいたりする人に、テクニシャンを雇ってくれています。
【横溝】 ポスト以外には何かありますか。
【大石】 やはり全体として女性教授の数を増やしてもらうと仲間が増えますから、その取り組みは続けてほしいなと思いますね。
【横溝】 むしろこの前、医科歯科がやった女性限定公募というのは、大石先生から見ると結構良いアプローチかもしれませんね。
【大石】 そうですね、ああいうのも今後必要になってくると思います。
【横溝】 あれに関しては匿名X(ツイッター)だからだけど、「逆差別だ」とかなり強い批判も出ていました。男も苦労しているのにとかね。
【大石】 実際に今、学振のほうでも同じような議論がよくあります。例えば学術振興会賞とか若手を顕彰する事業が幾つかあるのですね。そういうときにやっぱり女性の数が少ないということを本当に問題視して、例えば推薦を得るところから女性枠として取ったほうがいいのか。そうすると逆に男性の差別になるのではないかとか、いろいろな議論をほぼ毎週のように聞いているのです。やっぱりそれぐらいのことをしないと、この社会は動かないということを文科省や学振は考えつつあるようですね。
【渡辺】 女性賞というのをつくると、憤慨して女性が応募しないというケースがありますよね。
【大石】 そうですね。難しいところなんですけど、たぶん女性研究者の中でもダイバーシティがあるのだと思っています。「女性賞」と言われると、すでに男性より格下の中で選ばれたというように感じてしまわれる方の気持ちも分かります。でも、どちらかというともう少し繊細というか、そこまでの自信を持てない女性研究者もたくさんおられるように思います。全体として女性研究者や、指導的な立場にある女性の数を増やすためには、そのような女性研究者のサポートが必要で、彼女たちを励ます施策も重要ではないかと思います。
ですから、女性賞とか女性限定公募というと限られたところでの選抜であったとしても、卑下することなく堂々と受賞していただければと思いますし、周囲もダイバーシティという視点で捉える。そういう社会になっていかないといけないと思いますね。
【横溝】 生化学会の奨励賞も女性の応募が少ないので同じような議論があります。今のところ明らかな女性枠にはしないで、選考委員会の判断に任せるということにしています。
【大石】 その辺でうまく乗ってくればいいのですけども。それでも分野によっては本当に少ないときにはどうするかというときには、公募の時点からその枠を設けるというようなことを考えているみたいですね。
文科省・JST・AMEDなどに望むこと
【大石】 これは難しいのですけど、女性を優遇してほしいということではないのですが、ぜひ例えば面接に呼ぶ中に女性候補者を入れるということを少し頭の隅に置いてほしいということですね。本当に分野によって違います。横溝先生がPOのAMED適応・修復は比較的女性が多いですね。でも私が前に参加していた別の領域は本当に女性が少なかった。
【横溝】 グラントだけではなくて、それ以外の制度設計とか、そういうのはどうですか?学振のRPD特別研究員とかありますよね。RPDはすごく良い制度だと思っていたのだけど、応募者が減っているのですか。
【大石】 減っています。学振としてはその応募者を増やすためにどうしたらいいかということを考えています。
【横溝】 うちの女性准教授はRPDで研究費も取ってきて業績を出して、それから准教授になっているのですよ。
【大石】 それはいいですね。
【横溝】 そういう制度改革に大石先生が参画できるという意味では、やっぱり女性のシステム研究員を選んだからということになりますよね。
【大石】 そうですね。私自身としても何か社会のお役にたつというほどの大それたことではありませんが、何か自分らしい仕事ができたらいいなとは常々思っていたところでした。学術システム研究センターの研究員としても、素晴らしい経験をたくさんさせていただいており感謝しております。
生化学会に対して望むこと
【横溝】 生化学会に対してはどうですか。
【大石】 やっぱり女性会員と若い会員を増やしましょう。学部・修士生無料というのはとても良くて、私も実験室に遊びに来た学生ほぼ全員生化学会に誘っているぐらいです。
【横溝】 生化学会の女性会員が何割いるのかご存じですか。
【大石】 2割ぐらいですか。
【横溝】 30%近く、29%です。
【渡辺】 学生が増えてくれたおかげです。学生さんは圧倒的に女性が多いですね。
【横溝】 ただ、どうしても女性理事が少なかったので、一條さんがずいぶん頑張って制度を変えて一挙に女性理事が1人から4人に増えた。
【渡辺】 何もかも30%を目指すのはかなり厳しいのかなと思います。
【大石】 何を母集団の数字とするかというのがなかなか難しいところですね。
【横溝】 だから、今大学の教授に占める女性の割合を、生化学会の理事会はクリアしたかなという感じなんですね。それ以上に増やすかどうかは考えどころです。理事になったらなったで会議に出なければいけないし、やることが増えるということもあるので。
【大石】 でも、やはり女性の声を聞いてもらえる学会であってほしいなという気がします。
【横溝】 うちのラボの女性は学会が地方だと行きにくいと言うんですよね。だから、オンライン参加を常時できるようにしてほしいと言われています。オンライン併用にするとコストの問題が大きいのですが。
【大石】 そうですね。私はオンラインでなくてもいいのではないかと思います。やっぱりオンサイトで参加してこそ学会という気がするので。先ほどの海外からの招待講演の件はまた別途ですけども、会員はその場に行って会員との交流を図るのが学会ではないかなと思います。
【大石】 それでいくと比較的交通の行きやすい所がいいかもしれないですね。東京、横浜、神戸、福岡、大阪。
【横溝】 あと、京都ですね。
【渡辺】 昨年の大会でも大石先生にはシンポジウムの講演をしていただきましたが、女性のオーガナイザーというのが本当にいらっしゃらないのですけど、オーガナイズするのは大変なんですか。
【大石】 そんなことはないですけど。
【横溝】 いや、今年の大会では意識して女性オーガナイザーを選んだのだけども、何人か断られたんんですよね。
【大石】 推察するに、たぶん日々のことでみんな忙しくされているのではないかと思います。講演依頼は、言われたら、はい、やります、ありがとうございます、ですみます。でも、公募シンポジウムを自ら企画し調整するのは少し面倒だと思ってしまうのかもしれません。
【横溝】 でも、ああいうところで自分をエクスポーズする(目立たせる)というのも本当は大切なことなんですよね。
【大石】 でも、もしかしたら多くの女性の方はそこまで自信がないというか、持てないのかもしれません。女性と男性とではその辺の感覚の違いがあるのかもしれませんね。
若手女性研究者へのメッセージ
【横溝】 最後に、若手女性研究者へのメッセージを。
【大石】 女性研究者へのメッセージですね。皆さん実験が好きで、生化学の世界に入られたのだと思うのですね。そのモチベーションをぜひ忘れないでもらいたい。やっぱり好きなことをやる自分が一番輝いているんだと思うのですね。これは皆さんに当てはまることですので、それを大事にしてほしいなと思うのです。昔に比べて女性研究者に対するサポートは本当に充実してきて、完全とは言えないですけど良くはなってきています。ですから、是非諦めないで初心を忘れず、一緒に頑張りましょう、というのが私のメッセージです。
社会全体としては、女性だから男性だからとか、子どもがいるかいないかとか、そういうのを議論しなくても済むような社会へと成長してゆければと思っています。つまりダイバーシティを認めることができる社会です。ぜひ生化学会としても、そういう社会の潮流の先端を行くような学術集団になりたいですし、私もそこでこれからも学んでいきたいなと思います。
【横溝】 ありがとうございます。すごく締まった感じがします。大石先生は、とてもしなやかに生きてこられたという印象を持ちました。本日は貴重なお話をありがとうございました。
【対談を終えて 横溝】
大石先生とは研究費関係で数年間ご一緒させていただき、切れ味のある研究をされる鋭い生化学者というイメージを持っていた。2時間の対談でそのイメージは大きく変わった。女性ならではの感性を大切に、母として子供と家庭を最優先しながら大きな業績をあげてこられた事を初めて知った。男性と女性は本来、異なる性であり、本能的な違いがあること、だからこそ、そのダイバーシティを尊重しながら協力して行かなければならないと、改めて強く感じた次第である。(完)